記憶範囲


 
例えば
新しい事がなかなか覚えられなかったり
つい先日の出来事を忘れていたり
良く知ってるモノの名前なんかが出てこなかったり
つまり“ど忘れ”なんて言われる類の事
そんな事がたまにあったり―――良くあったり―――なんかするのは
それは、まぁ当たり前の事

「だからさ、アレなんだけどな」
「………いやいや、アレでは解らんだろう」
にやにや笑いながらのいつものセリフ
絶対解って言ってる事ってのもいつもの事
「だから、あれだ………」
それでもまぁ、いつも通り言葉を思い出そうとして
「………………なんだっけ、なぁ?」
諦める
まあ、なんだ、思い出せない時はどんなに頑張っても思い出せない
………そんで関係ない時に突然思い出すんだよな
「ふむ、まぁ、ソレを聞かれてもこちらも困るのだが………」
謎かけみたいな話が続く
職場で仕事の話をしている分には名称を忘れた所で大して問題にはならない
すこーしばかり困るのは家にいる時だよなぁ

「ん、だからアレだ………」
いつもの会話
いつもの言葉
「………なんだか解らない」
眉間にしわを寄せて不機嫌そうに呟く顔
「あーーーと、なんてんだっけ、ほら………エ?」
どうにか言葉をひっぱり出そうとしても、途中でおかしな言葉に変わっちまう
「正確に覚えられないのか?」
正しい言葉を言えとか
まともな会話をしろとか
こういった会話をする度に言われる言葉
「そう言われてもなぁ」
覚えられないものは覚えられない
………まぁ、半分くらいは覚えてるけど思い出せないだけどな
「まぁ、年とると頭の容量がなぁ」
なんとも言い難い視線が向けられる
「覚えたことと忘れたくないことで一杯で、新しく入る隙間が無いんだよ」
ってのはまぁ、俺が勝手に思ってる解釈だけどな
少し考え込む仕草をする
「………根拠は」
「ま、特にないな」
視線が少しだけ強くなった

人の記憶には限界がある
誰かに聞いた覚えは無いが、きっと誰かが言ったんだろう言葉
だから
都合良く解釈しても別にいいよな?
忘れたくない記憶が有る
ほんの些細な事でも僅かな時間の出来事でも
損ねたくない記憶
だから、新しいことは覚えられない
本当にそうだとしたら
………覚えたくないよなぁ

ま、どっちにしろ年を取れば新しいことは覚えにくくなって当然
そういうこと
 
 

 End