約束の絆(2)


 
「……レインに似てるな……」
泣き出しそうな顔でラグナは言う
『引き合わせるのはかまわないが、その前に、本当にそうなのか、確認してもらえませんか?』
『……違った場合、傷つくのは、子供達なんです』
出会い、用件を告げた時に、シドはそう言い、すぐに会わせる事はできないと言った
その言葉は、確かに理にかなっていたし、実際に会う前に、確かめたい気持ちがラグナたちにも会ったのは確かで、今、確認の為という名目で物陰からそっとスコールの様子を見ていた
『髪の色はラグナと同じだ』
「うん……、そうだな、そうだよな……」
ウォードの言葉にラグナは、何度も何度も頷く
本人かどうか確認する、それ以外にも、あらかじめ、知る事で、実際に会う時には心を落ち着ける事ができるのかもしれない
………………
静かにじっと見つめるラグナの様子にキロスとウォードは示し合わせた様に人々を誘いその場を離れる
「用事が終わったら呼ぶといい……」
去り際のキロスの言葉
長い間ラグナは、ただ黙ったままその姿を見ていた
「無事だったんだな……、ちゃんと、生きて………」
短くはない、年月を探して………
もう、見つけだせる確率は殆どない、と言われたのはいつだっただろうか?
あの時は、ほんの一瞬でも同じ事を思った自分が許せなく……
あの時は喧嘩になったなぁ………
探し続けた人物は、確かに目の前にいる……
「……もうすぐだから、な……すぐ迎えに行くから……」
スコールの姿からその視線を外す事無く、一人残されたその場所で、静かに涙を流した

「間違はありませんね?」
念を押すようにシドは確認した
間違いのはずがない
そっと、写真を握り締める
なぁ、間違いなんかじゃないよな?
『間違えていないわ……』
問いかけに戻るはずの無い答えが返った気がする
「ああ、絶対にそうだ、間違える訳がない」
確信に満ちたラグナの言葉
シドは、力強い言葉に、微かな不安を浮かべる
「それでは、スコールを呼んできますが……その……」
あなたの事はわからないでしょう……
「……わかってる、スコールは、俺の事を知らない」
知っているはずがない
「それさえ解っていてくだされば良いのです」
シドは、待機していた者にスコールを連れてくるよう要請する
「あなたの事を覚えていない事を忘れないでください、生まれたばかりの頃の記憶なんてものは………」
………そうか………
しつこいくらい繰り返す、シドの意図に気づく
過去に一緒に過ごした時期があるのならば……、もしかしたら覚えているかもしれないって思うのかもしれないな……
だが、ラグナは、まだ一度も会ったことがない
知っているかもしれないなんて、錯覚を起こす事もできない
初めての対面のその時は間近に迫っていた

スコールは、教師の後を追いながら不安を隠せずにいた
呼びに来た教師は、何ぜスコールが呼び出されたのか何も告げず、話かけても何も答えない
無表情で、不気味な姿の教師達は、小さな子供達に恐怖を与える存在だった
………どこに行くの……
エレベーターに乗せられ、立ち入り禁止と言われた階まで上がっていく
決して近づく事のできない場所に
いつもとは全く違う、尋常ではない気配を感じ、スコールは、身体を堅くこわばらせる
エレベーターが静かに開いた
「よく来ましたね、スコール」
開いた扉の前にシドが待ちかまえている
「シドせんせ……」
見知った顔が出迎えた事でスコールは、少し安心する
「ご苦労様でした」
シドは、教師を下がらせると、スコールに向き直る
「あなたに、会いに来ている人がいます」
ゆっくりと、言い聞かせる様な口調

「会いに来た人?」
「そうです」
意味も良く理解できず、ただシドの言葉を繰り返すスコールに、シドは深く頷いて見せ、ゆっくりと奥にある扉の前へとスコールを連れていく
「この扉の向こうであなたを待っています」
わけも解らず、シドを見上げるスコールに扉を開ける様に強く言う
扉に手をかけ不安そうに見つめるスコールの肩に手を置き、深く頷く
スコールは、訳も分からないまま、シドが言うままにその扉を開けた

「よく来ましたね、スコール」
扉の外から聞こえたシドの声に、ラグナは過剰な程の反応を見せた
「シドせんせ……」
続いて聞こえる子供の声
ラグナは、硬直したように、扉を見つめ、動かない――動けない
扉の向こうにスコールがいる
人が近づいて来る気配に、扉に向き直り息をのむ
一言、二言交わされる会話
……………レイン………
祈るように気持ちで、ラグナは、最愛の女性を思い浮かべる
……大丈夫、大丈夫だよな?……
言い聞かせるように、確認する様に……
緊張に汗ばむ掌をジャケットで何度も拭う
『落ち着いて……』
聞こえるのは、幻聴だろうか?
……ああ、落ち着かないとな……
緊張して、みっともない所をみせたくもない
はじめの印象って大切だよな?
『いつも通りでいいのよ』
いいのか?……いいのか………
扉が僅かに動く
ラグナは、詰めていた息をそっと吐き出し、開く扉を見つめた

部屋に入ったスコールの後ろで、静かに扉が閉められた
扉の正面には、男の人が待っていて、黙ってスコールを見つめている
………だれ?
不思議に怖いとは感じなかった
食い入る様に見つめてくる……
……深い緑の瞳……
真剣な眼差しが不意に優しく変わる
「……スコール……」
掠れた声が名前を呼んだ
身体にしみいる様なそんな……
優しい声……
「迎えに来たんだ」
迎え………
スコールはただ黙って相手を見つめる
相手もまた、黙ってしまって何も言わない
『………迎えに来るから……』
そっと、記憶の奥で告げられる言葉
彼は、見つめるスコールの視線を正面から受け止めて、そらさない
『………強くて、優しくて…………』
楽しそうな、うれしそうな、そんな声
「あ………」
過去の言葉がスコールの記憶を刺激する
『……スコールの髪の色はお父さんとおんなじだね……』
同じ、色…………
何度も確認したそれは………
『……大切にしてね………』
そう言って渡されたのは……
彼の唇が何か言おうとして開きかける……
「……………お父さん?」
教えられた過去の記憶が告げるままに、スコールは、そう口にしていた

何かいわなくちゃならない……
頭の中にあるのはそれだけ……
不思議そうに自分を見つめるスコールに、何か言わなければならないのに、何も言葉が出てこない
頭の中に浮かぶのは、意味の無い言葉の羅列
何を言うんだった?
考えていた言葉は、どんなに思いだそうとしても浮かんでこない
焦る気持ちを抱えて、ただ黙って見つめるだけ
いつもなら、今までなら、こんな事はなかった
いつだって、自然に話ができた
こんなためらいは…………
そうだ、レインを前にした時以来………
あのときは、レインがきっかけを作ってくれた
『いったいどうしたの?』
遠い日のレインの声
……あの時と同じように……ゆっくりでいいんだ………
まずは、自己紹介から、このままでは、単なる不審人物になってしまう
心を落ち着かせ、話しかけようとしたその時、信じられない言葉を聞いた
「……………お父さん?」
驚きのあまり、スコールを見つめる
とっさの事で“そうだ”という言葉は出てこない
不安そうな眼差しに出会い……
気づいた時には、ラグナはスコールを抱きしめていた
「おそくなってごめんな……」

感動の対面を済ませたラグナたちは、後日再び、話をする為にガーデンを訪れていた
正確には、話と、スコールの身辺の整理の為に
「申し訳ありませんが、彼女の…エルオーネの行方は知らないのです」
挨拶の際、当然の様にエルオーネの所在を訪ねたラグナ達に、もごもごと、歯切れ悪くシドが答える
「スコールは、前にエルだけをあなたが連れだしたと言っていたぞ」
エルオーネをもっと安全な場所に、と連れていったのは、シドだった
「いえ、それは、確かにそうなのですが………」
なかなか要領の得ないシドの話をラグナ達は辛抱強く聞く
「情けない事に、もっと安全な場所に、と連れて行かれたのは確かなのですが、その場所を私は教えてもらえなかったんです」
結局、孤児院から、エルオーネを連れていったのは自分だが、すぐに海上で、妻に依頼されていた人物に預けたという事らしい
だいたいの行き先も解らないのか?の言葉にも、解らないと答える
「ならば、連れていった人の行方は?」
「それも解りません」
シドは申し訳なさそうに、答える
「なら……、あなたの奥さんはどうしたんだ?」
もっと安全な場所へ移動させる手配をしていたという、その人物ならば、すべて知っているはずではないのだろうか?
シドは無言で首を振る
「どういう事だ?」
「ある日突然行方が解らなくなったのです」
悲痛な顔をして、実は、自分も捜しているのだ、と大まじめに語る
「……そうか……」
複雑な事情があるらしい、シドには申し訳なかったのかもしれない
だが、ラグナは、落胆の色を隠す事は出来なかった
「なにか解ったならば、すぐに連絡しますから……」
申し訳なさそうにシドはそう約束した
色々聞いてみた結果解ったのは、はじめに立ち寄ったところが、ここ、バラムであるというそれだけだった

シドは、落胆し、帰っていく、ラグナ達の姿を自室の窓から見つめていた
「………しかたがないんです……」
誰にも聞こえるはずの無い小さな独り言
「エルオーネには、簡単に会わせる訳にはいかないんです……」
落胆した様子のラグナ
そして、遠い昔、必死になってエルオーネを探していたスコール
「あの子は、危険な存在だと……」
不思議の力を持った子供……
その力を大国が所持してしまたっならば………
「すみません……」
シドは、窓の外に向かって頭を下げる
「教える訳にはいかないのです」
昔、エルオーネを狙う人物の存在に気づき、自分たちは、決して見つかる事の無いように別の場所へと移した……
それでも……
「もう、私にはどうする事も……………」
今、あの船は、どこの海上にいるのだろうか?
彼女ならば……、イデアならば、なんと言ったのだろう?
大国の権力者である人物に、エルオーネを返す事を承知しただろうか?
「私は、どうすればよかったのでしょう?」
シドは遠い場所にいるだろう妻に、静かに問いかけた
 

「スコール、これをあげる、今度はスコールが大切に持っていて」
そう言ってエルオーネは、1枚の写真を渡す
「これ……」
写真には、女の子と女の人と男の人………
ラグナとレインと、エルオーネの3人が仲良く映っていた
はじかれたようにスコールは、エルオーネを見つめる
「うん………、だから、大切にしてね?」
それ1枚しか、無いから……
「おねえちゃんはいらないの?」
問いかけるスコールにエルオーネは寂しそうに笑う
「おねーちゃんは、解るからいいの」
立ち上がり、スコールに背を向け歩いていく
「迎えが来たら、ちゃんと解るから……」
どんどん遠ざかって行ってしまう
「だから…………………」
追いかける事もできずに立ちつくすスコールの前から、エルオーネが消えていく……

突如意識が覚醒し、スコールは飛び起きた
ほのかに室内を照らす明かりと目に映る布団の様子にまた夢を見ていた事を悟る
こわばった身体を恐る恐るほぐしそっと顔を上げる
「……怖い夢でも見たか?」
ソファーに座ったままのラグナがこちらを見ていた
そっと首を振ってみせる
「そうか……」
ラグナは何も言わない
“パラッ……”
ラグナの手元で、雑誌がめくれる音がする
「眠れないの?」
スコールの記憶よりも、減った瓶の中身
「ああ、なんか目が冴えてるんだ」
「……そう」
暖炉の薪は、燃え尽きようとしている
それでもラグナが眠る気配はない
さっきの事を気にしているのだろうか?
そっと、ラグナを伺い見る
どうした?
「なんでもない……」
いつもと変わらない表情で見つめられスコールは、再びベッドに横になった
時々ラグナが紙をめくる音が聞こえる
不規則に響く微かな音
静かに時間が流れていく
…………こんどは………
スコールの意識は、もう一度眠りの中へと吸い込まれていく
…………今度は俺も一緒に迎えに行くから………
「何も心配することはないさ」
タイミングよく掛けられた小さな声にスコールは、笑みを漏らす
……きっと、大丈夫だから………

長い夜は静かに更けていく
  

 
END
 
前へ