交差


 
たった一つの名称を聞いた時に生じる想いは、
親愛の情かもしれないし
深い愛情かもしれない
もしかしたら憎しみかも知れず
そして哀れみかも知れない
人の感情は千差万別
同じ単語に対して、様々な反応を返す
“魔女”っていう言葉に対してもそうだ
激しい嫌悪を示す者もあれば
あんな風に熱狂的に支持する者だっている
「どうなさいますか?」
「とりあえず、防御に気を配っといてくれ」
「はい」
「ああ、それからよ………」
大まかな指示を出しながら、考えても意味の無い筈の思考が廻る
「……今はそんなトコだな」
2つに別れた思考で、違う事を考える
やらなければならない事と
考える必要も無い感情
冷静に命令を下す自分の姿が遠くに感じる
「……大統領?」
立ち上がり、扉へ向けて歩き出した自分に、困惑したような声が掛かる
「ちょっと見てくるから、よろしくな」
俺にとって魔女“アデル”は、間違いなく憎むべき存在だ
軽く手を挙げて、立ち止まる事無く歩く
なら“魔女”そのものは、どんな存在なんだ?
窓の外に雲一つ無い青空が広がっていた

年若い少年が暴走するのを抑えるのが役目
……などと、解ったような事を言うつもりはない
勿論、本当にそんな状態になったならば、どんな手段を使おうとも連れ帰るつもりでいる
だが、それまでは好きなようにさせるつもりだ
何故と問われた所で、答えようが無い
ただ、長年培った私のカンが告げている
何か起きようとしている、と
そんなあやふやな事で……などと言われるかもしれないが
この感覚は今まで一度たりとも外した事がない
……もっとも今までは、彼の父親に対して有効だったが……
彼に対してもそう間違ってはいないだろう、きっと
真剣な表情をして集められた情報を読みとる彼の横顔に視線を送る
こんな時に私が取るべき道はただ一つだ
どんな状況に陥ろうとも好きなようにさせる
そうすれば、一時的に最悪の状況になったとしても、最後はどうにかなるはずだ
そうやって乗り切って来たのだから
「さて、何か手伝う事はあるかな?」
彼がどんな無茶を言い出すかと、わくわくした気分で声をかけた

そっと忍び込んだ扉の奧
崩れ落ちる少女の姿が見えた
とっさに動いた身体は、辺りの様子を確認するよりも早く中へと滑り込む
衝撃と共に倒れこんだ身体から力が抜ける
「おい、大丈夫か?」
腕に掛かる重みに、気を失った事を理解しながらも、言葉が零れる
確認した訳では無いのに、どういう訳か強く抱いた確信
きっと、彼女こそが―――
当然の様に問いかけに返る言葉は無い
ようやく、辺りの様子を伺い
なんの反応も無い事を感じながら、ゆっくりと彼女へと視線を向ける
微かに浮かんだ幸せそうな微笑み
かざした掌に安定した吐息が触れる
安堵に力が抜けた俺の目の前で
唇が音にならない言葉を綴った

懐かしい光景が見えた
遠い昔
一番幸せだった時のモノ
夢ではない夢
だから私は、意識を重ねた
優しい時間
優しい人
私の大好きな人達
そこにある私の姿
視線の先で小さな私が不思議そうな顔をして見つめている
静かに響くあの人の声
そして、それから―――
流れ混んで来る感情を知って、私は幸せな想いに浸った
 

 To be continued
 
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