優しい時間


 
モンスターも出てくるのは、遠慮してほしいようなよく晴れた気持ちのいい日
………もっとも、陽気に誘われて、モンスターの方も元気に活動するかもしれないけど……
幸いなことに、まだレイン達はモンスターの姿を見かけていない
ふと気が付けば、先ほどまでラグナにまとわりついていたエルオーネが、一人先頭に立って歩いている
久しぶりの外出だものね、でも……
「エルオーネ!危ないから、先に行っちゃだめよっ!」
この場所は危険な場所なのだから
「わかってる!」
レインの注意に、エルオーネは元気に返事をして、小高い丘の上へと、駆け登っていく
「……もおっ」
しょうがないわね
「エルっ!!」
呆れたように呟くレインの脇をラグナが慌てて走り出す
「本当にわかっているのかしら……」
ほんと、困った人達……
そんな二人の後を足早に、それでもモンスターの出現する危険なこの場所を、レインはさほど慌てる事もなく丘を上っていく
賢いエルオーネが、レインの注意に従わなかったのには、ちゃんと訳がある
後を追ったラグナが担いでいたのは、愛用のマシンガン
こんな時に持ち歩くのはちょっと似合わない代物だけど、それもこんな状況では仕方がない
「でも、後でしかっておかないとね……」
いくらラグナがいても危険なのは変わらないのだから

「ちゃんと待ってないとだめだろ?」
「レインもラグナおじちゃんも近くにいたもん、だから大丈夫だよっ」
丘の上に近づいたレインの耳に二人の会話が聞こえる
「ちゃんと、聞こえるし、見えるよね?」
「うーん………聞こえるかもしれないけど、間に合わないかもしれないぞ?」
「ラグナおじちゃんなら、ちゃんと間に合うよっ」
エルオーネの、子供らしい絶対の信頼
きっと、ラグナなら、真っ先に駆けつけるのだろうけれど……
慌てたあまり、不必要な怪我をする可能性もあるわね
本当にそんな事になったら、笑い事ではすまされないのだが、その様子が目に見えるようで、思わずレインは笑ってしまう
「そういう事じゃないでしょ、先に行ったらだめでしょう!?」
二人に近づく気と、慌てて笑いを抑え、わざと怖い顔をして見せる
笑いながら注意をしたら効果が無いわ
「あ、レイン……」
怒られる事を察したのか、エルオーネは、とっさにラグナの背後に隠れようとする
「一人で先に行かないって、約束したわね?」
“ちゃんと聞かないとダメだろ”の言葉と共に身をよじり、背後に隠れるエルオーネをレインからちゃんと見える様にしてくれる
「うん……」
じっと、エルオーネを見つめる
「ごめんなさい」
エルオーネと一緒になって、ラグナまで、頭を下げるのがなんだかおかしい
「よし、今度やったら、承知しないわよ」
見逃すのは、今回だけなんだから……
こんな楽しい気分の時に、レインだって怒りたくなんかない
「はぁーいっ」
元気よく返事をした、エルオーネがラグナと顔を合わせまるでいたずらが成功した時の様に笑いあう

「みて、みて〜」
エルオーネの歓声が響いてからしばらくした頃、弾んだ声が近づく
「なーに?エル?」
振り向けば、両手にいっぱいの花を抱えてエルオーネが立っている
「ほら、これっ、綺麗でしょ?」
「そうね……綺麗だわ」
あら?こんなにたくさんの花、いったいどこから?
この辺りにはこんな花束にできる程の花は咲いてはいない
「これ、どこで見つけたの?」
花束のお裾分けを受け取り、そっと顔を寄せる
うん、いい匂い………
「あのね、あっちの方にいっぱい咲いてるの、ラグナおじちゃんがとってくれたんだよ」
花束の中には、珍しい物も混ざっている
「ラグナが?」
あら?だと“いい物”っていうのは、これの事かしら?
今日、この場所にくる事になったのも、ラグナの“いい物を見つけたんだ、みんなで見に行こう”の一言だったから
「うんっ、すごい綺麗なのっ」
嬉しそうに返事をするエルオーネに、両手を引っ張られる
「レインも行こっ」
「そんなに引っ張らないでちょうだい」
そんなに慌てなくても、すぐに行くから
立ち上がると、手をつなぎ、エルオーネに笑いかけて、連れられるままに歩く
せっかく用意した、“いい物”なら、見てあげないとならないわよね

「ほらっ、すごいでしょ?」
自慢げなエルオーネの声
「ええ……本当に凄いわ……」
レインは、奥まった小さな谷間の光景に圧倒されていた
村中を徘徊するモンスターのせいで、村人さえも近づく事のできなかったその場所は、見たことも無いような花々で覆い尽くされていた
「すっげーーだろ?」
ラグナが目を輝かせて、こっちを見ている
「こんな場所があるなんて、知らなかったわ」
レインのその言葉に、子供の様に無邪気に笑う
……もお……
「きっと、人がだれもこないからこんな風になったんだよな……」
子供の様な笑みは消え、大人びた優しい瞳で、その光景を眺める横顔
くるくる変わる表情
見ていて飽きないではなくて………
……本当に……
さりげなく視線をそらせば、嬉しそうに走り回るエルオーネが見える
「エルっ!転ぶわよっ」
「だいじょうぶだよぉ〜」
エルオーネは立ち止まり、笑顔で手を振る
そうして、向きを変えたところで、服に花が引っかかりでもしたのか、派手に倒れ込む
小さな悲鳴
「エルっ!大丈夫か!?」
「大丈夫よ、小さな子供じゃないんだから……」
言い終わらない内に、ラグナがエルオーネの元へ素早く飛んでいく
小さなため息
……本当、困ったわ……
立ち上がった、エルオーネと、その前に跪いたラグナの姿……
見守る先でエルオーネが走り出す
「あっっ、エルっ、それはズルだぞっっ!」
すぐにエルオーネの後を追いかけるラグナ
辺りにエルオーネの楽しそうな歓声が響く
すぐには、捕まらないように精一杯考えて走るエルオーネと、すぐには捕まえ無いように追いかけるラグナ
息を切らせたエルオーネがレインの目の前を駆け抜ける
「ほんと……どうしよう……」
レインの小さな囁きを風がさらっていく
「レッイーン」
いつの間にか、エルオーネはラグナに捕まり、肩車をされている
はやくぅ〜の呼び声
「もぉ、あなた達は、なにをやってるの?」
レインは二人の元へとゆっくりと歩いて行く
満面の笑顔を浮かべて、二人はレインを待っている
「……困ったわね……」
自分を待つ二人の姿がとても嬉しい………
エルオーネが、ラグナに話しかける
幸せそうな光景がここにある
上を向き、嬉しそうに答えるラグナの姿
たぶん、きっと、幸せな家族の風景
「……ほんと、ろくでもないんだから………」
「ん?何か言ったか??」
こっそりと、呟いた言葉をラグナは聞き返す
「なーんにも言ってないわよ」
ラグナは、救いを求める様にエルオーネを見る
「エルには、何にも聞こえなかったけど?」
そうか?じゃあ気のせいかな?
なんて、呟くラグナを見て、レインはこっそりため息をつく
…………このまま村にとどまる……なんてことあり得ないのに……
楽しげな二人、そして、それに幸せを感じている私
ずっと、こんな風にいられたなら
不意にもたらせれた小さな幸せ
ラグナが満面の笑みを浮かべている
もうっっ、いったい、どうしてくれるのよっ
ほんっとーっに、ろくでもないんだからっっ
 

 
END