鼓動


 
波にゆれる船の中でラグナは身動きもとれずにいた
うー、ちくしょう、ここも折れてんな………
肋骨、下半身………無事なのは、腕だろうか
ほんの少し動くだけで、体のあちこちで激痛が走る
……まいったな………
ラグナがうめき声をあげようが、船が大きく揺れようが、2人の仲間は目覚める気配がない
激痛をこらえながら、ラグナは空を見上げる
……天気がいいのが救いだよなぁ……
晴れ渡った空、穏やかな波、ほんの少し強い風
……いや、もうちっと、風が強くてもいいかぁ………
風に任せて移動しているこんな状態、早くどこかについて貰わない事には、怪我をした身ではさすがに危ない
何か、海と空以外のものは見えないかと首を巡らす
空と船の縁しか、見ることができない
……こう、遠くまで見渡せればなんかあるかもしんねぇけど………
近くにラグナ達を運んできたガルバディア軍の船がいるはずだが
身体を起こし、辺りを探せるような状態ではない
「あーー、失敗したよなぁぁーー」
2人を海に投げ込んだまでは良かった
あの時までは、少なくともラグナは大した怪我をしていなかった
問題はその後………
まさか、落ちるとはなぁ〜
ためらいが、仇となった
飛び込む以前にそのまま転落、身体を岩にぶつけた
こいつらは、気絶してるしよぉ………
飛び込んだ際の衝撃がとどめを刺したのか、キロスもウォードも見事に意識を失っていた
……もっとも、意識があったところで、彼等が自力で船にはい上がり、船を動かす事ができたとは思えなかったが
痛みをこらえて、必死で泳いで、おぼれかけながら、彼等を捕まえて、船の上に上げて…………
水の抵抗力は案外強い
ラグナは、水の重圧をこの時初めて、実感した
ウォードは重いしよぉ……
水の抵抗力に加え、水分を吸収した事による体重の増加………
あの時に、骨がぱきぱき何本か折れた
いろいろ思い出している間にも、ラグナは意識が吸い込まれそうになる
っ!!
無意識に動かした足に激痛が走る
…………ひらいたか?
安全圏と思われるところまで1人で必死に船を動かし脱出をはかった為、無理に身体を動かすことになり、怪我はどんどん悪化し、折れた骨は皮膚を破った
充分に遠く離れてから、応急処置をして、こうして海の上を漂っている
良く動けたよな
……必死になれば、人間どうにかなるもんだ……
今になって思えば、どう考えても動ける様な状態じゃない
実際、今は動くどころか………
「おーい…………まだ気づかねぇのか?」
声と一緒に嫌な音が漏れる
………まぁ、寒いし………
いやな考えは、早々に頭から追い払う
しばらく待つが、二人からの返事はない
身動き一つする気配も感じない
………まずいな、俺はともかく、あいつら……
俺は、大丈夫だ、まだ動ける、意識もある
少しずつラグナの身体から血が流れていく
「流石に疲れたよなぁ」
今日一日で、どれだけの労働をしただろう
……特別手当、でるかなぁ?
………出てもいいよな、こんなに苦労してんだし……
首を巡らせるが何も見えない
妙な事になったよなぁ?
あいつら、大丈夫かな……
二人とも全く気が付く気配がない
………空が青いなぁ………
珍しくも穏やかな海と暖かな日射しに、ラグナの意識は次第に遠のいていった

人々の声、ざわめき、忙しく動く気配
間近から呼びかける声
……うるさいな………
しつこいくらい、何度も呼びかける声に、ラグナは静かに目を開いた
「気が付いたのか!?」
……………誰だ?
覗き込む顔には見覚えがない
視界が、少しかすれている
見えにくい目で相手を見ている
ラグナは、自分の置かれた状況がなかなか認識できずにいた
次第に、話し掛ける声が遠くなる
………………!!
そうだ…………
「あいつら、無事か?」
ようやく出した声はかすれている
「……………」
耳が聞こえづらい
何を言っているのか、聞き取れない
必死で、耳を澄ます
……俺の声は聞こえているのか?
助かってるよな?俺がこうして無事なんだ、あいつらだけ忘れるってことはないよな
「……あいつらの事、頼む……」
耳がおかしいのか、喉をやられたのか、しぼり出したような声
聞こえたか?聞こえたよな?
見えづらい視界で相手が頷いた様に見える
忙しなく走る人の気配がする
やっぱりあいつらもいるよなぁ?
………もう、大丈夫だよな?
かすれる視界が白く染まる
「君の仲間は無事だ、安静にしていなさい」
一言一言区切る様にして、耳元で言われる
お、聞こえる、聞こえる
……そっか、あいつら無事か………
そっか………良かった………
安堵の吐息
ぼやけた視界では、見えるものが何なのか全く区別が付かない
…………本当に、あいつらの事たのむぜ………
再びラグナの意識は途絶えた

不意にラグナの意識は覚醒した
目に入るのは、天井と、木の梁
どこだ、ここ?
まったく見覚えのない風景
「っ!!」
良く確認しようと、身体を起こしかけると全身に痛みが走る
いってぇっ!
あまりの痛さに声も出ない
痛みのあまり、うっすらと涙が目に浮かぶ
なんだぁ?
慌てるラグナは、身体のあちこちが包帯で固定されているのに気が付いた
いったい何が…………
霞む意識で必死で考える
………………………!ああ、そうだった………
痛みも収まる頃、ラグナは自分の身に何が起こったのかを思い出した
「………で、ここはどこだ?」
見る事ができる範囲を見渡した限り、病院には見えない
デリングシティじゃないってことか
ここが、デリングシティならば、ラグナは当然、軍用病院にいるはずだ
どこからか子供の声が聞こえる
ラグナは、動かない身体で辺りの様子を伺う
……キロスもウォードもいないみたいだな……
目覚めたラグナに声をかける者もいない、ここにいるのは、ラグナだけのようだ
窓の外から、子供の声がする、続いて下の方から、扉の閉まる音
人が近づいてくる気配に、ラグナは、その方向に首を巡らした
「あら、気が付いたの?」
若い女性の声、ラグナの元へ近づきのぞき込む顔
…………………美人だなぁ……………
「大丈夫?」
ぼうっとしたままのラグナを心配したのか、女性が声を掛ける
「あ、うん……いや………ここ、どこだ?」
慌てて、我に返り思いついた疑問を口にする
「ここはウィンヒルよ」
伸ばされた手が額に浮かんだ汗を拭う
ウィンヒル?……………どこだっけ?
位置を思い浮かべようとするが、きわめて怪しい方向感覚と、朦朧とする意識のせいで、なかなか場所が思い浮かばない
………ま、いいか………
「ところで、体の調子はどうかしら?」
気持ちいいな………
耳に心地よい声、まだ、疲れた体が眠りを求める
もう一度繰り返される質問
…………からだ?………
「…まだ、うごかねぇ………」
瞼が重い
「それは仕方ないわ」
意識が闇に沈み掛ける
……………まだ、聞かないと…………
重要な事を忘れていた
「あいつら、どう、なった?」
眠りに落ちる意識を必死で引き留める
「………お友達?」
問いかけに必死で頷く
「………それなら、デリングシティに……………」
………そうか………………もう、大丈夫、だよな?
話しかける声が遠のいていく
声を聞きながらラグナは安らいだ気分になる
……………………………………
ラグナは、おだやかな眠りに身を任せた
 

 

 
END