回り道


 
待ってろよ、必ず助けだしてやるからな
旅を決めたその時、旅立ちの朝
頭の中にあったのは、この言葉だけ、この想いだけ
不意に奪われた大切な家族
当然の様にこの手に取り戻し、再び家族で暮らす事だけを願い
そうなる事を疑いもせず信じていた

自分達を探す兵士達の声が辺りに響き渡る
「まずい事になったな」
エスタへの進入経路、進入手口を探す旅の途中、近道のつもりで抜けた道の先は、戦場になっていた
「敵じゃないったって信じてくれねーよな?」
運が悪い事に、エスタ側ともガルバディア側とも言えない位置に出現したおかけで、ガルバディア軍からも攻撃を受け、うかつにも反撃してしまった
「この状況では説得力にかけるな」
善良な民間人と言い張るには、少しばかり手遅れ
『逃げ切るしかないだろ』
―――元軍人
訓練されたが故の戦闘能力に助けられる事は幾らもあったが
「戦える事を後悔したのは今日が初めてだぜ」
木々の合間に見え隠れする兵士達の姿
時折、鉢合わせたらしい両軍の兵士達が戦う音が聞こえてくる
抜け出したばかりの森を奥へ奥へと走り続ける
「そろそろ大丈夫なようだ」
だいぶ時間がたった頃、
背後から兵士達の気配が消えた
背後を伺いながら、速度を緩め、ゆっくりと停止する
息を詰め、数秒
「たすかったーーー」
誰もいない事を確認して、大きく息を吐きその場に座り込む
「今回はマジでまずいと思ったぜ」
張りつめていた緊張感を振り落とす為、大げさな態度を取る
マシンガンを持ってた手が張り付いてやがる
「まだ近くに居たらどうするつもりだ」
冷静な声で、注意を促しながらも、キロスもまた、近くの石の上に腰を下ろした
『声を聞きつけて来るってことも考えられるな』
ウォードだけは立ったままだけれど、さっきまでのぎりぎりの緊張感は感じられない
いつもの軽口、いつものやりとり
たったこれだけの事で、張りつめていた神経がだいぶ解れる
ようやくはがれたマシンガンを肩にもたせかける
「……少し、休むか」
少しの沈黙の後、ようやく呟いた言葉に、二人とも無言の同意を示した

鳥の声が聞こえて来る
先ほどまで危険を感じ、騒ぎ立て、身を潜め、遠く逃げ出していた小鳥たちがすぐ側まで戻ってきている
もう、安心って事か……
鳥の声は、この付近に危険が無くなった事を教えている
「んじゃ、そろそろ行くか」
立ち上がり、ゆっくりと歩き出した、俺の後を着いてくる2人分の気配
「一度戻って別の道を探すことにしよう」
もちろん、戦場のど真ん中にもう一度行く気なんてものないから、一も二もなく頷く
「さっきみたいなのは、二度とごめんだぜ」
わざと軽い調子で言うと
『好きこのんで、あんな状況を望む奴なんか居ないだろう』
たいしたことではなかったみたいに肩を竦めて言葉を返してくる
そして、いつもの軽い言葉の応酬
なんでもない事、いつもの事みたいに話をしながら
奥底の感情を必死で押さえ込んでいた

―――こんなところで死ぬ訳にはいかない
―――こんなところでは死ねない
兵士達から逃げている間、頭の中をずっと巡っていた言葉
「少し慎重にしないと、な」
呟いた言葉は、苦しげな声になった
エルオーネを早く助ける事だけを考えていた
エルオーネが待ってるから、すぐにでもエスタに行く事を考えていた
「……エルは大丈夫だよな」
問いかけではなくて、自分に言い聞かせる為の言葉
エルを助け出す前に、エスタにたどり着く前に
死んでしまう訳にいかないから
「少し遅くなっても待っててくれるよな」
返事を求めてる訳ではない独り言は、聞こえているはずなのに、二人とも聞こえないふりをしてくれている
エルオーネを連れ帰って、みんなで暮らす
その為にも、無茶はできない

もう少し待っててくれ
最良の手を尽くす事を考えて、遠回りの旅をする
まだ大丈夫、きっと待っていてくれる
焦る気持ちに、何度も言い聞かせてきた言葉
エスタに目的を悟られぬよう
自然にエスタに入国する事ができるよう
自分たちの身の回りをゆっくりと固める

“記者”という肩書きを手に入れ“役者”という肩書きも手に入れた
魔女を背定する映画へ出演した事は、思いの外心証を良くしたらしい
これでようやくエスタへ向かう事ができる
足を踏み入れる事もできないまま、命を落とすことはきっと、無い
 
 

END