おかあさんの日


 
「どうしたんだ?」
キッチンから聞こえてくる賑やかな声に、帰宅してすぐ足を運んだラグナは、その扉の前で落ち着きなく中を窺うレインと会った
「あ、お帰りなさい」
一言ラグナへ言葉を送って、そわそわと中の様子を気にしている
「………なんかしたのか?」
扉の内側から聞こえる子供達の賑やかな声
そして………
「な、なんかスゴイ音がしなかったか?」
不穏な物音
激しい金属音は、鍋か何かを落とした音
それに紛れて聞こえたのは、何か食器を割った音、か?
「そうなのよ、さっきからいろんな音と声が聞こえて来て………」
レインは不安そうな顔を浮かべて扉を窺っているが、中へ入ろうとはしない
いつもなら、とくに中に入って、止めるか何かしてる筈だよな?
「中に行かないのか?」
「入っちゃダメだって、言われてるのよね」
中の様子を気にしながら、どこか上の空にレインが答える
入ったらダメ?
「きゃーっ」
突然扉の中から聞こえた悲鳴に、体がはねる
「ダメって………」
続けざまに上がる、悲鳴混じりの言葉の数々
「今日は“母の日”だからって………」
レインの言葉に重なって、再び中から悲鳴が聞こえた
「大丈夫かっ!?」
レインの言葉が聞こえたのとほぼ同時にラグナはためらいなく扉を開け放つ
“母の日”で何かしているなら、レインはダメでもラグナなら大丈夫
扉を開けたラグナの目に飛び込んできたのは、床の上に散らばった鍋の姿と、フライパンを手にひっくり返ったスコールの姿
扉が開く音と、ラグナの声に、こちらを振り返った子供達が驚いたのか、そのままの姿で固まっている
「………大丈夫か?」
こっそりと、扉の影に隠れたレインに片手で合図をしながら、後ろ手に扉を閉めてまずは手前で転がっているスコールへと手を伸ばす
「お父さんっ!」
「おじさんっ」
同時に声が上がって、スコールを助け起こす間に、エルオーネが駆け寄ってくる
「………なんつーか、すごいことになったなぁ」
怒られるコトを予測してか、どことなくからだを硬くした2人の様子は気づかないふりで、のんきな感想を口にする
「まぁ、がんばった結果だし、しゃねーなー」
大げさ何頷きながらそう言うと、ばっと、2人の表情が明るく成った

「お疲れ様、それにありがとう」
深夜日付が変わる頃
大騒ぎしていた子供達はとっくにダウンしていて、大人二人だけの静かな時間
「別になんもしちゃいねーぜ」
がんばったのはエルとスコールで、ラグナがやったのはそれの手伝い
「側に居てくれただけで上出来よ、もうあの声と音を聞いたら気が気じゃ無くって」
ため息と共に大げさに身を震わせるレインの様子に笑みが誘われる
「まぁ、確かに何事かって思ったしなぁ」
入るなって言われて、約束をしても、あの状況じゃいてもたっても居られない
危ないことはしないなんて約束しても、危ないことなんてのは何かの拍子に起きるもの
「まぁ、そういう意味じゃあちっとは役にたったかな?」
さりげなく危険を排除する事。
さりげなく手伝いの手を伸ばすことは、
まあそれなりに上手くできたんじゃないかとラグナ自身思う
「でも、本当に助かったのよ」
柔らかな笑身を浮かべた顔が近づく
暖かく柔らかな感触が、触れる
照れたような笑みを交わし合って、穏やかな夜が始まった
 
 

END