引っ越し


 
ちょっとだけ昔の出来事

まさかこの土地を離れる事になるなんて、思っても居なかった
土地どころか、国さえも出ていく事になるなんて、ほんの一ヶ月前までは考える事もなかった
エルオーネが無事に戻ってきて
ラグナも後から戻るという言葉を聞いてから、一月近く
いい加減私もエルオーネもしびれを切らす頃ようやくラグナが戻ったのがほんの数日前の事
ただいまの言葉を聞いて
けれど、腰を落ち着け一息入れる暇もないラグナの言葉
『エスタへ一緒に来て欲しい』
なんて、予想も付かないタイミングだったけれど
その言葉自体はほんの少しだけ予測できていたのかもしれない
だってその言葉を案外あっさりと受け入れた私がいるんだもの
意識なんて全然していなかったけれどね
経緯はともかく、私達はこれから“エスタ”へ引っ越す事になったわけだけれど
ラグナはともかく私達は身一つでエスタへ向かう訳には行かない
長く住んでいたこの場所には“荷物”という物が存在する
この家の中には私達の“私物”というものだって存在している
「引っ越しって案外大変なのね」
ため息混じりの私の言葉に手伝いに来てくれたおばさんが呆れたように笑ったけれど、引っ越しなんて生まれて初めての経験だもの、勝手がわからなくても仕方がないじゃない?
「ねぇ、レイン、コレはどうするの?」
荷物の間からエルオーネの声が聞こえる
「今、行くわ」
引っ越しの荷物なんて言っても全て持って行く訳には行かない
………というより持って行く必要は無いって所かしら?
私達はそのうちここに戻ってくるんだもの
家具や日用品なんかはこのままココに置いていても大丈夫
必要なものは向こうで揃えれば良いから
………なんて事を言えばほとんどが向こうで揃える事ができるものに成るんだろうけれど
レインは、エルオーネと言葉を交わしながら、持って行く物、残しておく物、捨てる物を分類する
「レインちゃん、こっちはどうするんだい?」
部屋の奥からかけられる声に、レインは足早に移動する
いろんな人が手伝ってくれているとはいえ、荷物の選別はレインの仕事
………まさか、ラグナに任せる訳にはいかないものね
そもそもここに在る荷物は、レインとエルオーネの物で、ラグナの私物なんてほぼ無いに等しい
そう言えば、ラグナの持ち物っていったいどうなっているのかしら?
再びレインを呼ぶ声に、ふと思いついたこともすぐに忘れ去ってしまう
慌ただしく動き回って荷物を片づけて………
階下から賑やかな声が聞こえてきた
「………あ」
エルオーネの視線がレインへとまっすぐに向けられる
次第に大きくなる声は収まる様子も無い
「いってらっしゃい」
というエルオーネの声と同時に
「レイン!」
慌てたようなラグナの声が聞こえる
「もう、仕方ないわね」
大げさなため息を着くレインの仕草に、小さな笑い声が上がる
抗議の言葉は、急かすような泣き声に無理に飲み込んで、急いで階段を駆け下りた

様々な騒ぎの中、奇跡的に引っ越しが出来たのは数日後の事
実行出来たのは
『また後で取りに来な』
っていうおばさんの言葉にそそのかされたお陰
「また荷物取りに行くの?」
エルオーネの言葉に私は曖昧な笑みを浮かべる
エスタに暮らす期間が長く成ればなるほど荷物が増えて
ソレと同時に、ウィンヒルへと置いて来た荷物がどうしても欲しくなる
あの時もう少しゆっくりすれば良かったんじゃないかしら?
なんて、思うのも当然の事かもしれない
 

END