第13回霞ヶ浦・常陸風土記を歩く会
1.かすみがうら1
●1.かすみがうら1

●日時   平成29年2月10日(土) 
           
●集合   玉造ふれあいランド駐車場 8時00分
      
●費用   5000円(予定・交通費ほか)

●見学時間 約5時間00分

● コース かすみがうら市歴史博物館−民家園−歩崎観音−宝昌寺−鹿島神社―平三坊貝塚

              −銚子塚古墳−八田地蔵堂‐牛塚古墳‐崎浜横穴墓‐椎名家住宅‐松学寺

○ ワンポイント案内

歩崎観音   歩崎山長禅寺という真言宗のお寺がある。(現在は真如苑)
           創建は奈良時代の行基菩薩が彫ったと伝わる十一面観音を祀ったのが始まり。
           霞ケ浦の三又沖を眺める景勝の地にあり、県の名勝地になっている。

宝昌寺    曹洞宗宝昌寺には室町時代の石造九重層塔が建つ。
                 牛渡八田に館を構えた小田家八代の小田孝朝の供養塔といわれている。
                 孝朝は小田流を創始した剣の達人で、応永21年(1414)に没した。

鹿島神社(牛渡) 牛渡の鹿島神社は「本鹿島」といわれており、大同年間に創建された。
                       この神社には豊作を願うまつり、御田植神事「へいさんぼう」が今も伝わる。
              その始まりは農夫の平佐とその女房が田植神事を面白おかしく行った・・・

銚子塚古墳  後円部高さ約5.6m、前方部高さ2.7m、全長64m。
            前方後円墳で、別名「勅使塚」といわれている古墳。
                   常陸国府に下向した勅使がこの地でなくなったので埋葬したという伝説が残る。

八田地蔵堂  八田地蔵堂は八田館の台地下にある小堂です。
                   地蔵堂に安置している本尊は木造地蔵菩薩立像である。
            木造弘法大師坐像は胎内銘文に延徳元年(1489)銘がある。

崎浜横穴墓  崎浜の横穴といわれるもので、カキ殻層に入口を開いている。
                   古墳時代後期のものと推定され、16基の横穴墓が確認されている。
                   一段高いところが棺床で、そこに棺を安置した。

椎名家住宅  椎名家は寛永(1620)以前からこの地にすむ旧家で、村役を務めて来た。
                   茅葺寄棟造で、直家型の屋敷である。
                   周囲には中世の土豪を思わせるような土塁と空堀が残る。

松学寺    牧洞山松学寺という曹洞宗のお寺で、明応2年(1493)摸堂永範禅師が開山。
          寺宝の木造地蔵菩薩立像は腹に腹帯をしていることから「腹帯地蔵」と呼ばれ、
                 古くから安産信仰の対象であった。平安時代の作で県の文化財。
牛塚古墳


千葉先生と参加者

牛塚古墳全景


墳頂部
牛塚古墳

勅使を追って入水し、息絶えた牛にまつわる伝説の古墳。
墳丘長約28m、墳丘高約4.57mの低地に造られた円墳。
古墳時代中期の5世紀ごろに築造されたもの。
この古墳は「鬼神」として死者の霊魂を祀るものとして造られた・・・
鹿島神社(牛渡)

鳥居

参道

古墳?

拝殿

拝殿正面

本殿

本殿(裏)

旗立て

境内社1

境内社2
鹿島神社(牛渡)

創建は806年で、武甕槌命を祀る。
平将門の天慶の乱で焼失。
その後、奥州遠征に向かう源義家が復興させた。
かすみがうら市では数ある鹿島神社の中でも「本鹿島」と呼ばれ、
国府から神宮に参拝する国司が途中立ち寄った伝えられている。
平三坊

田植え馬

早乙女

平三坊

おかめの妊婦
平三坊

鹿島神社(牛渡)に伝わる豊作を願うまつり御田植神事「へいさんぼう」。
田植までの一連の農作業風景を演じる。
始まりは農夫の平佐とその女房が田植行事を面白おかしく演出したことから
「平佐女房」が略されて「へいさんぼう」となった。
平三坊貝塚ほか

貝塚1

貝塚2

貝殻と土器片

観音堂内部

十一面観音坐像

大師堂

石塔ほか1

石塔ほか2
平三坊貝塚

市内を代表する縄文時代の大貝塚群。
鹿島神社を中心に北側および南側に馬蹄状に広がる。
縄文中期(約4000年前)〜晩期のもので、貝はハマグリが多く、サルボウ、アカニシなどが多い。
縄文時代後期には塩を作るための土器が出土している。

観音堂

鹿島神社の南側の宝昌寺を見下ろす高台にある。
観音堂には木造十一面観音が安置されている。
その内部に墨書銘文があり、慶長8年(1603)に府中在住真乗坊制作とある。
仏師名が分かる唯一の貴重な仏像・・・
宝昌寺


石地蔵

石塔

石碑

本堂


九重層塔
宝昌寺

鹿島神社に隣接してあるお寺で、現在は曹洞宗のお寺。
古くは寺の位置から鹿島神社と一体の神仏混淆ではないだろうか。
ここには県の文化財、九重層塔がある。花崗岩製で塔高は3.5mある。
牛渡八田に居城を構えた小田孝朝の供養塔といわれている。
牛渡銚子塚古墳ほか


古墳全景

後円部

後円部から前方部を見る

前方部

墳頂、供養塔

銚子塚東古墳(おとも塚)

おとも塚2

柳梅1号古墳

石棺露出部

石棺蓋石
牛渡銚子塚古墳

地元では勅使塚と呼ばれている全長64mの前方後円墳。
古墳の形状や規模から古墳時代中期の5世紀半ばごろの築造と考えられる。
牛塚古墳が勅使が乗って来た牛を埋葬したところで、
銚子塚はその勅使が埋葬されたところといわれているが、
被葬者はこのあたりの権力者ではないかといわれている。
東に隣接して銚子塚東古墳がある。

柳梅古墳群

柳梅台にある前方後方墳1基、前方後円墳2基、円墳8基からなる古墳群。
1号墳は全長28.6m、高さ3.55mの前方後方墳で、墳頂部には浅間神社が祀られている。
1号墳が最も古く、帆立貝古墳の4,5号墳、そして箱型石棺を持つ円墳群へと続く。
近くにはその箱型石棺の露出部が見られる。
龍福寺1

参道

本堂

本堂扁額

聖観音菩薩坐像

木造如来立像

大日如来?

不動明王
龍福寺1

熊野山宝珠院龍福寺という真言宗豊山派のお寺。
古来は山号にもなっている熊野神社の別当寺として存在していた。
熊野神社の本地仏が千手観音であることから観音信仰が盛んであった。
寺に残る木造聖観音菩薩坐像は室町時代後期に製作されたものといわれている。
このほか、木造如来像をはじめ多くの文化財が残る。
龍福寺2

過去帳1

過去帳2

当時歴代帳

徳富蘇峰書

スズメバチの巣(これで半月)
龍福寺2

龍福寺は霞ケ浦を望む高台に位置し、大変眺望のいい所です。
寺には明治期から昭和初期にかけて活躍した文人・徳富蘇峰が良く訪れた。
徳富蘇峰の書や手紙が残る。
このほか寺に残る過去帳をはじめ文化財を拝観させていただいた。
伊東甲子太郎展

伊東甲子太郎肖像画


書状1

書状2

当時の書籍

新選組制服

志筑城瓦

当時の銃
特別展・伊東甲子太郎展

伊東甲子太郎略歴

幕末の尊王攘夷の志士の一人。
1835年に常陸志筑藩士の鈴木家の嫡男として生まれるが、御家断絶。
水戸に遊学し、勤王思想に傾倒するとともに、神道無念流を会得。
江戸に進み、北辰一刀流剣術を学び、
道場師範である伊東誠一郎の婿養子に入り、道場主となる。
上洛して、新選組の参謀および文学師範を務める。
その後、「御陵衛士」(高台寺党)を結成、
1867年12月に油小路の本光寺門前で暗殺される。

※今回は歴史博物館の千葉隆司先生のご案内でかすみがうら市を見て廻った。
昼食場所として公民館の一室をお借りし、昼食。
昼食後、特別展・伊東甲子太郎展を見せていただいた。
いつもながらのご支援をいただき誠に有難うございました。
法蔵寺

山門


大銀杏の木

鍾堂

小田部鋳造所製の鐘

本尊

十一面観音坐像

宝珠杵(手前)
法蔵寺

真言宗豊山派のお寺で、創建は応永13年(1406)朝賢法師によって開創されたといわれている。
本尊は十一面観音座像(県文化財)で像90p、寄木造りで鎌倉時代の作といわれている。
寺宝である宝珠杵は金剛杵の一つで鎌倉時代の作で県の文化財になっている。
このほか境内には大銀杏や山門、鐘楼等が残る。
松学寺


山門

幸福稲荷

本堂

本尊

腹帯地蔵

阿羅漢


位牌堂

松学寺

牧洞山松学寺という曹洞宗のお寺。
創建は明応2年(1493)模堂永範禅師が開山したと伝えらている。
山門をくぐると長い参道があり、正面に大型の本堂がある。
寺宝である木造地蔵菩薩立像は腹に腹帯をしていることから
「腹帯地蔵」と呼ばれ、古くから安産の信仰の対象になって来た。
平安時代の貴重な仏像として県の文化財になっている。
崎浜横穴古墳群



石地蔵

横穴墓群

横穴墓1

横穴墓2
崎浜横穴墓群

びっしりとカキがら層がむき出しになった横穴は一見貝塚に見える。
しかし、これは霞ケ浦がかつて海だったことを示す自然貝層。
横穴の正体は古墳時代後期の崎浜横穴墓群。
この横穴墓群は古墳時代の終了以降に作られたもの。
歩崎観音

山門

鍾堂

本堂

本堂扁額

「米」撮影記念碑

「折本良平」顕彰碑
歩崎観音

宝勝院歩崎山長禅寺というお寺。
かすみがうら市随一の景勝地といわれる歩崎の高台に建つ。
本尊は十一面観音は安産と水上安全の守り神として平安時代より厚く信仰されて来た。
境内の一角には展望台があり、「折本良平」の顕彰碑等が立つ。
八田地蔵堂ほか


地蔵菩薩立像

弘法大師坐像

椎名家住宅

広間

天井

土間
八田地蔵堂

八田氏の居館であるといわれている八田館跡がある県道沿いに八田地蔵堂がある。
ここには地蔵菩薩立像と弘法大師坐像が残る。
木造地蔵菩薩立像は室町時代の製作とみられる。
又、弘法大師坐像は延徳元年(1489)に仏師秀資が製作したものでともに市の文化財。

椎名家住宅

椎名家は代々村役をつとめて来た家柄で、周囲には土塁や空濠が残る。
椎名家住宅は茨城県南部などに分布する「ひろま型」で、東関東民家の一典型。
解体修理時に、延宝2年(1674)の建築と判明し、
東日本の民家としては最も古いもので、国の文化財に指定されている。
次回予告
霞ケ浦常陸風土記を歩く会
第12回  1.城里1(常北) 2.小田(つくば) 3.小野の里ほか 4.桜(つくば) 5.土浦1(上高津)
       61.城里2(桂) 62.城里(桂) 7.土浦U(市内) 72.土浦U(真鍋) 8.真壁  
       82.真壁2 9.阿見 
第13回   1.かすみがうら市1

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