第13回霞ヶ浦・常陸風土記を歩く会
.信太郡
桜川
●5.信太郡3(桜川)

●日時   平成29年6月9日(土) 
           
●集合   玉造ふれあいランド駐車場 8時00分

●費用   5000円(予定・交通費ほか)

●見学時間 約5時間00分

●コース 智福院―熊野神社(古渡)ー須賀神社―興禅寺−広畑貝塚−姫宮神社‐
 
            貝ヶ窪貝塚-西浜観音−釣船寺‐和田公園−景行天皇仮宮跡‐尾島神社

○ ワンポイント案内

熊野神社(古渡) 文治元年に熊野別当の湛増という人がお祀りしたのが始まり。
                       神仏習合時代は逢善寺の末寺であった智福院が別当寺をつとめた。
                       永禄、天正年間には江戸崎城主・土岐氏が再興、遷宮した。

興禅寺   平治の乱後衰微していく源氏の将来を案じた源頼政公が、応保年間源氏の再興
               を祈ってこの寺を増築開基したといわれている。その後、頼朝の室政子が鹿島神宮
               参宮の折に立ち寄った。安産。子育ての守護神。

広畑貝塚  湖岸に近い低地に縄文時代後期から晩期に営まれた貝塚。
                出土品の土器片より多量の炭酸石灰が検出されたことから
          土器製塩の遺跡であることが確認され、国の史跡となっている。

姫宮神社  元亀、天正の頃、この岡にあった浮島城の城主が佐竹氏に攻められ落城。
          城主の愛姫は夜陰に紛れて唯一人城を脱出、小舟に身を託したものの、
                波浪激しく船は沈没、生涯を閉じた。その死を悼み・・・

西浜観音  時は保元の頃、崇徳上皇の側近であった藤原教長卿は保元の乱に敗れ、
                捕えられて信太の浮島に遠流の身となった。
                この観音堂の近くの配所で7年もの幽囚生活を送った。

景行天皇帳宮跡 常陸風土記信太郡の条に「大足日子天皇浮島の帳宮に御幸賜いし時・・・」
               とあり、皇子倭武尊の東征の跡を巡幸された景行天皇が浮島に
               帳宮を営まれたと伝えられ、ここに碑が建つ。

釣船寺   海中山釣船寺という曹洞宗のお寺。
         寺伝によれば、慶長19年(1614)美浦村永厳寺十七世安芝門泰和尚の開山という。
         秋葉神社、西浜観音ゆかりの寺で、本尊は延命地蔵尊。

尾島神社  常陸風土記信太郡の条に「乗浜の里の東に浮島あり…而して9つの社あり、」
          この尾島神社がこの一つの神社ではないかといわれている。
          社の周囲には古代の祭祀遺跡や尾島貝塚などがある。
尾島神社

参道

人見先生の説明を聞く

鳥居

境内

拝殿

拝殿扁額

本殿

力石

境内社
尾島神社

常陸風土記信太郡の条に、
「乗浜の里の東に浮島の村あり、・・・居める百姓塩を焼きて業となす。
而して9つの社あり、言も行も謹めり。」とありますが、その社の一つではないかと言われている。
その証拠には社の周囲には古代の祭祀遺跡があり、周辺には尾島貝塚などがある。

※今回の見学会はご縁があり、地元の人見暁朗先生のご案内をいただきました。
  改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。
浮島界隈




青面金剛像



御在所から霞ヶ浦を望む
浮島界隈

島は古来より霞ヶ浦に浮かぶ島であった。
常陸風土記には景行天皇が日本武尊をしのんで、東国巡幸の途次、
この地に一か月ほど滞在されたと記されている。
その地が景行天皇行在所、「お伊勢の台」と呼ばれている。
西浜観音堂

大杉

西浜観音堂

境内社

石仏

石像
西浜観音堂

保元の乱の昔、崇徳上皇の側近であった藤原教長卿は
諫奏の甲斐もなく保元の乱の渦中の人となり、戦いに敗れるや、
捕らえられて信太の浮島に遠流の身となった。
この観音堂の近くの配所で7年もの幽因生活を送った。
その時植えたのがこの大杉と伝えられている。
姫宮神社


鳥居

境内

拝殿



本殿

境内社1

境内社2

石仏群
姫宮神社

元亀、天正のころ、この神社の東側丘陵に浮島城があった。
佐竹氏に攻められ落城、城主浮島弾正一族は滅亡した。
愛姫・小百合姫は夜陰に紛れ唯一人城を脱出、小舟に身を託したが、
風浪烈しく舟は転覆、生涯を閉じた・・・
その姫の死を悼んで祠を設けたのがこの神社の始まり。
秋葉神社

鳥居

石段



拝殿

境内社1

境内社2
松葉神社

釣船寺は度々火災に見舞われ、このため6世梅門大和尚が
静岡の秋葉総本殿可睡斎から分霊を迎えて祀ったのが始まり。
火防、火の用心に霊験あらたかな三尺坊大権現を祀る。
最近、稲荷神社を合祀か・・・
釣船寺1


石仏群

石仏群2

石仏群3

釈迦如来

地蔵菩薩

馬頭観音
釣船寺1

海中山釣船寺という曹洞宗のお寺。
寺伝によれば、慶長19年(1614)、木原永厳寺十七世安芝門泰大和尚の開山。
本尊は地蔵菩薩(延命地蔵)。西浜観音、姫宮神社ゆかりの寺。
度々火災に遭い、最近ようやく復興を遂げた。
釣船寺2

本堂

本堂内部

本尊・地蔵菩薩


釣船寺2

海中山釣舟寺とは浮島ならではのしゃれた寺号。
浮島が海に囲まれた島であったことを物語っている。
木原永厳寺の末寺で曹洞宗の禅宗。
本尊は延命地蔵の地蔵菩薩半迦像。
多門天堂

参道

多門天堂


多門天堂内部

お賓頭盧さん

下馬渡古墳


地蔵さん

宇賀神社

石碑群
多門天堂

下馬渡に多門天堂がある。
向かえ側に多門院があることこら、昔は神仏混淆の広大なお寺であった・・・
今回はその多門天堂の裏にある下馬渡原古墳が目的地。
多門天堂には多門天が、敷地のはずれに宇賀神社。
下馬渡原古墳は小さな円墳ながら味わいのある古墳である。
広畑貝塚


広畑貝塚全景

貝殻

土器片

側高神社


拝殿

拝殿内部

本殿



広畑貝塚

湖岸に近い低地に営まれたもので、
縄文式と弥生式土器が層位的に区別された遺跡として注目されていた。
出土品の中の粗製無文の土器片から多量の炭酸石灰が検出されたことから
土器製塩の遺跡であることが確認された。(国指定遺跡)
興禅寺

山門


石仏

地蔵堂

地蔵堂内部

欄間彫刻

木鼻1

木鼻2

大師堂

石狛犬

本堂
興禅寺

平治の乱後衰微していく源氏の将来を案じた源頼政公が、応保年間源氏の再興を祈って創始した。
その後、嘉禄年間頼朝の室政子が鹿島神宮参拝の折立ち寄られ、復興を命じ、
後鳥羽上皇ご下賜の延命地蔵尊を安置して、地蔵堂を建立した。
安産子育ての救護仏として有名な古刹。
智福院



石仏群1

石仏群2

石仏群3

大師堂

地蔵堂
智福院

天台宗のお寺。
古くは小野の逢善寺の末寺であった。
神仏習合時代は熊野神社の別当寺をつとめた。
須賀神社(古渡)

鳥居

狛犬(阿形)

狛犬(吽形)

拝殿

拝殿内部


本殿

本殿屋根瓦

本殿彫刻

境内社

石祀

境内社
須賀神社(古渡)

須賀神社は地元では「天王さん」と呼ばれて親しまれている。
社名の須賀は祭神・須佐之男命が出雲の国で八岐大蛇を打ち平らげたことに由来する。
祭神は須佐之男命と牛頭天王を祀る。
本殿の彫刻や屋根瓦が見事である。
熊野神社(古渡)

鳥居

境内

ご神木

拝殿

拝殿内部

本殿
熊野神社(古渡)

文治年間(1185〜90)に熊野別当の湛増という人物がお祀りしたのが始まり。
元禄11年(1568)、江戸崎城主・土岐治英が東条の庄に建立。
天正15年(1587)土岐治綱が再興してこの地に遷宮した。
普段はひっそりとしたたたずまいを見せている。
「稲敷市遺跡と文化財」より引用
次回予告
霞ケ浦常陸風土記を歩く会
第12回  1.城里1(常北) 2.小田(つくば) 3.小野の里ほか 4.桜(つくば) 5.土浦1(上高津)
       61.城里2(桂) 62.城里(桂) 7.土浦U(市内) 72.土浦U(真鍋) 8.真壁  
       82.真壁2 9.阿見 
第13回  1.かすみがうら市1 2.かすみがうら市2 3.美浦村1 4.美浦村2  5信太郡3(桜川)
  

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