苦しみや悲しみとの出会いが新しい自分を生み出す
この生死(しょうじ)はすなわち仏の御いのちなり    『正法眼蔵(生死)』
秋田十文字町 皆瀬川にて撮影 後方鳥海山

 家族に不幸が重なったりした時、どこから聞いてくるのか宗教団体の人が複数で訪ねてきて、「私らの信仰に入れば、その子は救われる」 「あなたの先祖が地獄で苦しんで、あなたの救いを求めている。すべてをなげ打って信仰しないと家族は不幸になる」などと熱っぽく語り出す。 自分には大切にしている信仰があるからと辞退すると、「あなたは薄情だ!そんなことだから不幸になる」と豹変する。何とかセミナ−とかサイキックなんとかと称し、人の悩みや弱みにつけ込み同情するふりをして「尊師の修行を受ければ病気が治る!」「守護霊の霊格を高めれば、幸福になれる!」 と不安や恐怖心をあおり妙なモノを押し付ける。
 危険な宗教を見分けるもっとも分かりやすい判断基準はお金の強要です。更に、根拠もない近未来の終末論を説いていないかどうか。 病気がなおる、人間関係が好転する、試験に合格する等と現世利益のことさらな強調がないか。組織メンバ−で取り囲んで不安をあおったり、脱会者や入信を断った者に対していやがらせをしていないか。もし、このような誘いであればきっぱり断った方がいいでしょう。「薄情」とは己の思いを押しつける人のことです。
蔵王山頂の地蔵さま H17.2.9撮影

 しかし、実際に自分が病気になればワラにもすがる思いは同じになってしまうものです。
 病院を頼りにするだけでなく、治るというのであれば高価であっても遠方であってもそれを求める。 他人の場合には「家族もいるんだ、しっかり頑張らなきゃだめだぞ!」「ゆっくりあせらず病気を直して戻ってこい」と励ますが、自分のこととなると、「なぜ俺がこんな目にあわなきゃならないんだ!」「神がいるなら・・、仏がいるなら・・」「なぜこの俺が・・」と焦りイラつき、落ち込み、気持ちの切替ができなくなって何を考えても「ダメだ」としか思えなくなる・・ 時もある。そんな時、何かの加護を求めるのは自然なことでしょう。いきなり宣告を受ければ、誰でも最初のショックとして否定もするでしょう。誰にでも「受け入れられない」「受け入れる余裕がなくなる」という時はあるのです。あやしい宗教とは、そんな人の心のゆらぎを見抜いた上での勧誘ですから迷惑なのです。
 冷静に考えれば・・ 書店コ−ナ−にもガンに関する本が沢山ある。けれども、ガンに効くという話しはあっても治癒率はわからない。効果があったとしても抗ガン剤などとの関係もあるからどの程度効いているのかはわからない。それに、良く効く薬は副作用も強いはずなのにその説明も不明瞭。医者は「副作用があるから効くんです」といいますが「効く」と「治る」は違うはず。なのに、患者はこの新薬はよく効くといわれれば治ると思ってしまう。効く効かないはともかく、高い新薬の方が効きそうに思うし、品数も少ないといわれれば勢いで求めてしまうこともある。あやしい師?はそんな呼吸の乱れを冷静に見ているのです。
 ところで、佛の教えも、禅の教えも病気を治すための手段ではありません。
 では、宗教の本旨とは何なのか・・・

  曹洞宗の主経典の一つである修証義の冒頭に『生を明(あき)らめ死を明(あき)らむるは佛家一大事の因縁なり ・・・ 』 とあります。「生死」とは「生老病死」、つまり人生のことですから、在家、出家にかかわらず人生の一大事にかわりありません。宣告されたら・・それが「事実」であればどうにも仕方ない。どんなにくやしくても悲しくても、その事実を自分が受け入れてがんばって生きていくしかない。
 釈尊の時代には想像できないほど医学は進歩しましたが、それでも「生死」の本質に変わりはありません。この「生死」の心の置き所として、道元禅師は 「生(しょう)を使得するに、生にとどめられず、死を使得するに、死にさえられず。いたづらに生を愛することなかれ、みだりに死を恐怖(くふ)することなかれ。すでに仏性の所在なり、動著し厭却(えんきゃく)するは、外道なり。」【正法眼蔵仏性】と示されます。簡単に意訳すれば、「度外れにこの人生に愛着し執着して自分を見失うのでなく、苦の中にあっては苦を苦として諦め、今の命の尊さに気づき拝む自己の心の定めを得ること」となるでしょうか。病気の苦しみは薬だけではとれないでしょう。否定し、苦悶し、ウツなる経過は誰にでもあるものですが、それはできるだけ短い方がいいに決まっています。大切なことは、自分が「いま生きている」「いま生かされている」ということを見落とさないこと。治らないガンであっても安らかに逝く人もいる。無理な延命を望めば安らかとは反比例する場合もある。事実を受けとめて、「突然死よりも心準備の時間があるではないか」と見据えられる自己を掴むために、背筋を伸ばし「呼吸」を調えたいと思うのです。

蔵王山頂付近の樹氷原 H17.2.9撮影

 人生、苦しみや悲しみはあっても生きることを止めてしまうわけにはいかない。過酷な状況であれば、今、まさに人生最大のがんばりどころという状態でしょう。命ある限りは懸命に生きようと覚悟して、心に憂いを起こさないようにして、「日々是好日」といただくことができれば、それが禅のねらいです。立派な禅師の話ではなく、当寺檀家のおばあさんの句集から、そんな生きかたを紹介します。
 「おしん以上にオレは苦労した。貧しい農家で勉強もしたかったが、そんな贅沢はできなかった」と語ってくれたおばあさんが胃ガンで亡くなったのです。そのおばあさんが自宅で寝たきりになった頃から書き始めたという句集を見せていただきました。
   これきりと思ふて眺むる庭つつじ
 告知はしなかったそうですが、死期を自ら予知しながら「今」を観ずるおばあさんの姿が瞼に浮かびます。しかし、句集には、愚痴る句は一つもありませんでした。
   生きのびて衣がへする梅雨の入り
   見栄を張りやつれし顔の苦笑ひ

 には、率直で元気なおばあさんの姿を思い出します。
   我が心 風鈴の音で静かなる
   人は皆 業を背負ひて生まれ来る しのんで強く生きるも楽し

 苦しみ痛みの中にあって、痛みを受けとめ、「今」を切に生きるおばあさんの姿勢を感じます。
   嫁が来て 心休まり 昼寝する
   病める身で悔いなき日々を送るのも すべては我が子のお蔭なりせば
 「無常」の中で、生かされている「有り難さ」を観ずる。そこに安心(あんじん)があれば病の中にあっても内なる仏のよびかけに気づくことができるのでしょう。
   あじさいの 色あざやかな つゆあがり
   里の朝カッコウ鳴いて初夏を知る
  仏教詩人、坂村真民さんは「二度とない人生だから一輸の花にも無限の愛をそそいでゆこう、一羽の鳥の声にも無心の耳をかたむけていこう」 とおっしゃっています。
 人生の意義をしっかりつかまえている人は、とらわれないこだわらないという信仰を持っているものです。両手両足を失ってしまうという障害を受けながら信仰の篤かった中村久子さんは、「生かさるる命尊し今朝の春」と詠まれました。諸行無常で生老病死の四苦八苦が「人生」です。しかし、その苦を憂うることなく楽を楽しむ姿勢、生老病死の反照によっていのちの輝きは増すというものでしょう。「ありがたい」という思いは無常の中の「今の命の尊さ」を確かに掴んでいる心のあらわれといえます。 本当に苦しい時期には、皆の前では必死で感情をこらえても、一人ぼっちになった時には悲しみの慟哭はおそってきます。そんな時には涙が枯れるまで泣けばいい。涙が悲しみを流し、涙に心は浄化され深化していく作用もあるのです。でも、できれば、うつむいて泣くのではなく、上を向いて胸を張って泣きなさい。泣いたあとは鏡に向かって自分を応援し、いい笑顔をつくりましょう。
白鳥の落ち穂拾い

 自然法爾 (落ち葉は吹く風をうらまない)
 かつて正岡子規は三十歳になる前に脊椎カリエスになり、35歳で死ぬまでほとんど病床にありました。その彼が病床で語ったのが次の言葉です。
 「余は今まで禅宗の所謂(いわゆる)悟りということを誤解していた。悟りということは如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思っていたのは間違いで、悟りということは如何なる場合にも平気で生きて居る事であった」と述懐(『病牀六尺』)している。決意する、判断するということは「他をすてる」ことにもなる。 「他をすてる」ことはつらいことでもあるが、「すてる」ことによって落ち着くべき処に落ちつくものなのでしょう。

 永平寺開祖の道元禅師は54歳という年齢で亡くなられました。道元禅師の病気はハレモノだったと伝えられます。膿血をぬぐった布を二祖様の懐弉禅師は後にお袈裟にして掛けておられたということも伝えられています。ところで、今も昔も一般世間の方たちが思われることに、立派な禅師さまがどうしてそのような苦しいご病気で亡くならなければならないのであろうかということです。
 けれども、そうゆうとらえ方は、仏法の上からはまったく間違っているということを道元禅師はおっしゃっておられます。建長5年7月、道元禅師の病気が更に悪くなったと聞いて、義介禅師がお見舞いに行かれたときのお言葉が「永平室中聞書」と言われる書物の中に残っています。
 「・・・今生の寿命はこの病で終わると思われる。人の寿命は必ず限りのあるものであるが、今回のこの病は、あなた(義介)も見ているように、ずいぶんといろいろな人が心配して力を貸してくれるのだが、どうしても平癒に至らない。しかし、それも、驚くにはあたらない。・・・ 但し(わたしは)今生、如来の仏法に於いて、未だ明らめ知らざる千万有りと雖も、猶ほ悦ぶべきは、仏法に於いて一切邪見を発(おこ)さず、正(まさ)しく是仏法に依(よ)って正信を取りしことなり。」(原漢文)
−− 希有の偉大な仏祖である道元禅師が、「明らめ知らざる千万有りと雖も」という表現にも感動を覚えますが、禅師は、邪見をおこさず正信を得られたことは悦ぶべきことであると垂誡されるのです。

 ある時、「和尚は大丈夫か!」と問われましたが、・・・どうなんでしょう・・。
 自信はあまりありませんが、「大丈夫!」ということで精進していきます! (^-^;
 道元禅師は「たとえ病気であっても、病に逃げ込んで、病気が直ってから修行しようというのでは無道心である。だからといって直るべき病をほったらかしにしておけというのでもない。仏道の為には、命を惜しんではならないし、また、惜しまなくてはいけない」と示されています。違う表現では「歩々是道場」でもあります。明日という日に絶対はなく、いつ何が起きるかわからない。しかし、絶対の真実とは「今」にある。道場とはどこかの場所ではなく「今」の「此処」の生き方を示すものでしょう。禅の本旨は「只管打坐」、具体的には「平常心是道」、「遇一行 修一行」とも示されます。いかなる時、いかなる処にあっても結局は「今」をどう生きるかという教えが「仏道」であろうと思うからです。

          裏を見せ 表をみせて 散る紅葉
       良寛禅師 

落ち穂を求めて早朝飛び立っていきます。H16年12月最上川河口にて