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| 鳴子峡 H17年 |
医学的にボケは「痴呆性疾病」と呼ばれ、知能が低下した状態をいい、その二大要素は脳の動脈硬化と脳の萎縮による老人性痴呆(アルツハイマ−型)といわれています。この防止策として、「過度の飲食・喫煙・薬の乱用を止め、糖分や脂肪の摂りすぎに注意する。栄養のあるバラエテイに富んだ食事、ビタミンEの摂取、野菜海草の常食、また適度の運動を心がけ、精神的ストレスを未然に避ける」こととお医者さまは指導されます。その痴呆予防、或いは痴呆がはじまっても痴呆の進行を遅らせることができるという報告から、看病する側の具体的な態度として
1.なじんでいる人が世話をする。
2.叱らずいたわる。
3.言動を受け入れ理解してあげる。
4.禁止事項をつくらない。
というように受け止めました。
又、山形短期大学人間福祉学科の横尾成美先生は介護のポイントを「自分に置き換えて」と説明されています。−−− まず、部屋は寂しくない日当たりの良い場所で、自分の愛着のあるものに囲まれて過ごしたい。食事は起きて家族と一緒に食べ、食べたいものを自分で選んで味わいたい。多少こぼしても、温かい目で見ていてほしい。排泄はおむつで取り替えてもらうより、ポ−タブルトイレや尿器を使って一人で済ませたい。寝てばかりいるより、起きて外の空気を吸ってみたい。誰に会っても恥ずかしくないように身だしなみを整えてでかけたい・・・など、「もしも自分だったら・・・」という考え方に置き換えることで介護のポイントが見えてくると教示しています。
死を意識しながらも、家族に残す言葉やおもいをうまく伝えられずに亡くなる方も多いのですが、人間としてどうあればいいかと悔いる親の気持ちとは、「親に似ろ、親に似るなと、子を思い」であります。痴呆を完全に治すことはできないまでも、それらのことを念頭に置くことができれば薄紙をはぐように快方に向かうでしょう。
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| 松島の夕景 大高森よりH16年秋撮影 |
昔から「畳の上で死にたい」といいますが、単に情緒的なものだけではないと思うのです。あるお医者さまの話に、一番苦しそうに死んでいくのは集中治療室で亡くなる患者さんで、その次が一般病棟に入院している患者さんなのだと。そして、一番安らかな表情をして死んでいくのは自宅で亡くなる人だというのです。 もっともなことと思うのですが、核家族化少子化の現代では痴呆の患者を24時間態勢で看病することは大変な負担となります。ややもすれば看護者も共倒れの可能性もあります。「時間的なこと、経済的なこと」が大きな課題ですし、現代に於いては福祉行政の協力体制も不可欠と考えますが、人として現実を直視し理性的にならなければ真の前向きな解決とはならない現実があります。
家庭や家族関係が大きく変貌している現今、介護する側が「いい嫁、いい妻」として「一人で頑張らなければ」と思いこみが強すぎると「介護疲れ」が出てしまいます。「私がこんなにしているのに義妹はのうのうとしている」という憎しみが生まれるとイライラしてしまう。「お母さんどうしてこんなになっちゃったの・・」と悲しみに心が占領されると介護側にも自律神経失調症的な症状が出る。「デイサ−ビスでお風呂にいれるなんて」とプライドにこだわらず、介護の悩みなども友だちに話してうまく発散して「使えるものはなんでも使う」くらいの前向きな気持ちが必要です。福祉サ−ビスを有効活用することは愛ややさしさの欠如とは違います。
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| 小安峡 秋田皆瀬村 |
ところで、現代のお年寄りは還暦がとうに過ぎても、まだまだ老人クラブには入会しないとか・・・ 他人から「おじいちゃん・おばあちゃん」と呼ばれることを嫌う元気なお年寄りが増えました。
75歳以上の老人を「後期高齢者」とした医療制度が2008年に始まってから、「末期高齢者」「臨終高齢者」なる呼称もでてきた。その語感が反発を招くのか、或いは役に立つことが良いことだと思っている老人は「生涯現役」などといってその有用性にしがみつこうとする。それが間違いというのではありませんが、そんなに無理しなくてもいいでしょう。逆に「役に立とう、役に立とう」と思う心は、あくまで「役に立つ」ことを良しとする心の反面ともいえます。「生涯現役」とは、社会的仕事ができなくとも、介護されずに自活しているならば、いや、介護されるようになっても「時事なる初心」を失わなければ、それは立派な「生涯現役」と思います。
人はつながりの中で生きています。そのつながりによって傷つくこともありますが、つながりが救ってくれることのほうが大きい。つながりの中で、人は自分の呼吸と他人の呼吸が共有されたときに心がやすらぎます。ふれあい共感することで人の心は落ち着き、こころも穏やかになり、よろこびを共有できます。岡本かのこ女史の「年ごとにわが悲しみは深まりて、いよいよ華やぐいのちなりけり」という句のように、「悲しみ」なる「いのち」もしっかり深く味わいたいものです。
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| 小安温泉大噴湯 秋田皆瀬村 |
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