ツイてる人!ツイてない人!
自分が変われば世界がかわる
平成16年秋撮影

 平成16年アテネ男子マラソンで競技中に先頭を走っていたブラジルのデ・リマ選手に変妙な観客が妨害し、リマ選手のレースが中断するという信じがたいアクシデントが起こった。レースは20キロ付近で飛び出したリマがその36キロ付近までは独走態勢。しかし、突然飛び出したこの観客にコース外に押し出されてしまった。リマ選手は再び起きあがって走り続けたがペースを乱したのか38キロ付近でバルデイ二(イタリア)、さらにケフレジキ(米)にも追い越され結局銅メダルとなった。
 一方、けがを克服して二連覇を達成したヤワラちゃん。不思議な静謐さをたたえた野村選手、金メダルをきめてコーチの胸に飛び込んだ谷本選手。過酷なレースを制した野口選手がゴールするとき高々と上げた左手の人差し指。深く心をゆさぶる感動をオリンピックの間に幾度も味わせてもらった。ところで何人かの金メダリストが「努力は裏切らない」と語っていました。
 世間的にも「努力すればむくわれる」と言われますが、現実は精一杯努力したつもりでも望む結果は得られない人のほうが多いのではないでしょうか。だからといって、努力なくしては望む結果は得られません。そんな現実に敢然と挑みあきらめずに努力をして勝った人には賞賛の声が集まります。一方、全力を尽くしたにもかかわらず不運にして負けた人には、その目が集まらない。−− そんなことを考えるとレースを妨害したアイルランド人の元司祭とかいうデブ親父・・なんちゅうことを・・などと思いながら見ていましたら、リマ選手の笑顔のゴ−ルが私の雑念を雲散霧消してくれました。 後日、国際オリンピック委員会(IOC)は同選手のスポーツマンシップをたたえ、近代オリンピックの父といわれるクーベルタン男爵の名を冠したメダルを贈呈したという報道に喜び安堵したものです。
 「背面共是花」という言葉があります。他の競技でも金メダルがとれなかったくやしさ、落胆の深さも部外者の拙僧にはとうてい思い及ばないことですが、負けたにしても相手をたたえるすがすがしい態度、一方勝ってもおごることなく「自分の能力を発揮できた」という実直な喜びの姿には心打たれます。

 誰にでもツキを期待する心はあるでしょうが、人生は「楽あれば苦あり 苦あれば楽あり」です。「オレはツイてない」といつまでもウジウジしている人は実際の運も悪くなるでしょう。本当に運が悪いというような事情も或いはあるかも知れませんが、おきてしまったことはしょうがありません。難しいことではありますが、しょうがないことはしょうがないと心を定める第一歩が肝心なところです。人間、マイナスの思いこみにとらわれている時にはマイナス思考で判断し生きていますから、自分の足もとの確かな幸せにも気づけないことになります。「こだまでしょう」かではありませんが、相手をほめればほめられる、相手をけなせばけなされる、感謝をすれば感謝されるものです。不運にあっても「一得一失」「一失一得」と心に定め、「不運」も受け入れるハラの据わりにによって、必ず何かが変化し、次なる運も転がり込んでくるのが人生というものでしょう。

 禅の言葉に「随処(ずいしょ)に主となれば立処みな真なり」があります。主体性が確立されたなら、いつ、どこにあっても生き甲斐のある人生を生き抜くことができるという意味です。主体性が確立されている人とは、つらい時にも他と比較せず、今はそういう時と腹をくくることができる。成功者のスランプ脱出法の中に「ダメな時にはあがいてはいけないけれども、あきらめてもいけない。ただできることをひとつひとつ努力するだけ」という言葉のように、「今」の呼吸を見据える心構えが大切でしょう。
 人生は苦労すればいい、頑張ればいいという単純なものではない。苦労という経験を人間としてどう成長させていくかによって人格は形成される。「良き敗者たれ」という言葉があります。誰でも敗北は悔しい、アクシデントであれば尚更のこと納得できるものでもない。負けた理由を他者のせいにしたいところも確かにあります。けれども、そんな時にこそ「努力は裏切らない」と自分にいいきかせるべきでしょう。
 「あきらめずに努力する」ことはなかなか至難なことゆえ才能というのでしょうが、心すべきは、「あきらめが悪い」ということも迷いとなるのです。禅門での「あきらめ」は物事の道理をあきらかにすることであり、挫折や敗北という意味ではありません。故に娑婆世界の「あきらめない」ということは執着、とらわれという迷いになる危うさも含むのです。
 「成功は偶然、失敗は必然」という言葉もあります。ものごとは計画どうりにいくとは限らないし、失敗の原因をあきらかにしたところで過去の結果については変わらない。そんな思うままにならないところもある人生を受け入れて生きるには、思いどうりにならないことを前向きに面白がることができればいいなと思うのです。その為には、「自己をあきらかにしていく」ことと「失敗を失敗でおわらせない」という「精進」が大事なことだと思いうのです。「やるべきことを楽しむ」を目標に「今」をしっかり生きる。それが正精進の「道」であろうと思っております。

錦秋の鳴子峡 平成17年秋撮影


何を見ても何をしても
ブツブツ文句をいう人がいる
何を見ても何をしても
あれは悪いこれは良いと
比較する人がいる
何を見ても何をしても
ええなあええなあと
ほほえむ人がいる

上記「詠み人知らず」、ご存じの方お教え願います