不死人間への医療技術!

 世界最初のクローン羊が英国で誕生し、話題を巻き起こしたのが1996年。それからわずか2年で日本でもクローン牛が誕生。今やオーストラリアでは毛のない鶏を作っている。温暖化に対応する為と毛をむしる労力を省く為という。動物の毛というのは太陽からの有害な紫外線も防いでいるのにそんなことにはおかまいなし・・・ 人間は「改良」と称して遺伝の根幹にまで深く介入するようになった。味や成長の速さや耐熱耐寒耐病性など、人間にとって都合のよい特徴を持った動植物を作り出しています。しかし、それらの改良された品種は同時に欠点や弱点をも等しく持ち合わせているような気がする。生物は様々な遺伝子が入り混じり多様化することによって種を存続させてきた。それに逆行するかのような人間の行為そのものが、いずれしっぺ返しを受けるような気がするのです。畏(おそ)れる、ということを軽視する人類は大きな問題をかかえ、解決しえないまま禁断≠フ領域に突入しようとしているようです。

 近年の医療技術の進展は著しく、老化にかかわる遺伝子操作や長命医療によって200歳の長寿も可能という。再生医療技術分野では、失われた機能の再生も可能と言います。
 本当に喜んでばかりでいいのでしょうか・・・ 確かに医療の進歩によって質はともかく寿命は延びています。蘇生技術の進歩により、人工心肺のお陰で意識はあるけれども心臓は止まっているという状態もあながち荒唐無稽な話ではなくなってきています。
 現在も老化を遅らせ、ガン撲滅の薬も研究されていますが、ガンの発生そのものが老化にリンクし、老化の進行と薬剤の効力とともにさらにその副作用や変異ガンが・・・。 人間も、そしてガン細胞もウイルスもいろいろな環境の基でなんとか生き延びようとする・・・。 

 ところで、遺伝子がたった一個違うだけで別種の生物になる現象を浅見祟比呂信州大助教授と上島励東京大講師がカタツムリで見つけ、ネイチャ−(2003.10)に発表しました。浅見助教授は「遺伝子一つの差で種の違いは生まれないとしてきた生物学の常識を覆す事実だ」と語ります。 ヒトゲノム(全遺伝情報)が2003年に解読が完了。その特許となる遺伝子の数はヒトの場合、10万個(4万個説もある)といわれる。創薬対象となる遺伝子は3000〜7000個と推測されるゲノム創薬技術の特許戦略が激化しています。ところで、最近の研究でわかってきたことは、ヒトには少ない遺伝子で多様なタンパク質をつくりだす仕組みが備わっているというのです。東大医科学研究所の榊佳之教授は「要は遺伝子だけを見ていても、ダメということ」と言い切られます。遺伝子が同種であっても、初期条件のわずかな違いであっても予測できない世界が展開するというのです。故に、宇宙も人間もガン細胞も実に深遠な不思議なたくましい生命力の甚深微妙なる世界と展開します。
 そこを考えずに優秀なDNAだけを選んで人工懐胎などすれば、それが人間の「王法」となってしまうに違いないのです。 パスカルは「神を信じるものの犯す罪は、神を信じないものの犯す罪より恐ろしいものになり得る。自己を絶対化するゆえに、良心の呵責を失うからである」と述べています。又、「宗教心なき教育は知識ある悪魔をつくる」と言われるように、人間から畏敬の存在が消え去ったとき、人間は、信じられないような行為を遂行してしまうことを心しておかなければならないでしょう。


 安楽行品の偈に曰く「顛倒して諸法は有なり無なり、是れ実なり非実なり、是生なり非生なりと分別するも、閑処に在りて其心を修摂して、安住して動ぜざること須弥山の如くなるべし。」
 人間というものは何だかんだと言っては何でも自分のものにしようとします。何でも知りたがり、何でも自分のものにしようとしたがる、この故に人間は今日の文明を作りあげてきました。しかし、この為に自然破壊を続けてきたのも事実です。今までは無用であったものも分別によって有用にしていく科学、医学の進展はすばらしいことなのですが、「無用なもの」「有用なもの」と判断するそのことを「顛倒」と示すのです。

 遺伝子操作によって性質まで作り替えようとする研究者もあるようですが、仏教では「子供は仏さまからのさずかり子」として受け止めます。親の計らいで子供を作るのではなく、「さずかった子」といただける親にとっては産み分けのはからいなどはいりません。仏の心とは、はからいの心ではなく、あるがままを認め、あるがままに受け入れることのできる心です。
 お釈迦さまは『人間一人の欲望というものは一つの山を金にかえたとしても充足することはない』と示されます。そして、「足(たる)を知る」ということを教示されています。即ち不幸ということは物が無いことではないのです。足る心を忘れて無限の欲を求めるその心こそが迷いの基であると示されます。
 自分の欲望を満たすことが本当の豊かさ・生き甲斐につながるのか、その人間の精神の再解明こそ21世紀の課題となるのではないでしょうか。