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それにしても、東京電力福島第1原発の爆発事故により福島県浜通りを中心に高濃度の放射性物質に汚染され未曾有の災害となってしまいました。日本の原発の「多重防護」は世界最高の安全レベルでどんなことがあっても絶対安全というものでした。しかし、この安全神話はまっかな嘘だったことが露呈しただけでなく、むしろ桁外れのリスクを伴う原発を安全確証もおろそかにして作ったことが判明してしまいました。 この事故を東電では「想定外の津波」としたが、我が国は古より「火山列島」とも呼ばれ、火山と地震、そして大津波の被害は古の地層、或いは古文資料等でもわかっていたはず。869年の貞観地震で宮城県などを襲った巨大津波はM8.3と推定されていることもわかっていることであり、5世紀以後、M8以上が28件。関東大震災(M7.9)でも熱海で12mの大津波の記録がある。1896年三陸地震津波(M8.2〜8.5)では15〜38m大津波で死者行方不明者が21,959人を越えたと記録されていますから、東日本大地震よりも被災者の数ははるかに多かったことになる。1933年三陸沖地震では(M8.1津波は28.7m)との資料もある。その三陸沖地震は貞観地震の繰り返しの可能性があると原子力資料情報室や識者の間でも指摘されていたのに、村人と御用学者は「根拠が不明である」と一蹴した。想定が安全とは限らないというのは周知の事実であるのに、想定外を一切認めないというのはムラの傲慢というものだろう。 原発での安全基準を最大津波5.7mと認定基準したのは、当時、経産省の原子力安全・保安院の院長を務めていた人物という。原子力にかかわる学者や専門家が原発の危険性を指摘したり、地震の危険性を指摘するだけで学者生命を脅かされたり、エネルギー政策で「脱原発」を唱えると原子力機構から即刻排除。経産省の官僚であっても、電力自由化を模索したり核燃料サイクル計画に反対した人は、ほとんどが経産省を去らざるを得なかったということである。2006年に原子力安全委員会が原発防災対策を国際基準に合わせて拡大するよう検討を始めた直後に、経産省原子力安全・保安院が「防災対策の現状に問題点は見いだされず、防災指針を見直すべきではない。一方的に改訂の検討を開始したことは、貴課の不注意と言わざるを得ず、誠に遺憾」と抗議。安全委は検討を再開したが保安院の度重なる強い抗議を受け重点地域拡大も見送られてしまった。正心誠意見直しに対応していれば、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)も生かされ、住民避難の混乱軽減につながった可能性も大きかったであろう。 全電源喪失などという事故は経産省・原子力安全保安院、及び関係者の認識の甘さが招いた人災にもかかわらず、その原子力規制組織を見直すこともなく、福島事故の検証さえ未だ明らかにされていないのに、再稼働ありきのような政治判断であっては順序が逆であって国民を納得させることは難しいだろう。 現在日本全国の原発建屋の冷却プールには大量の使用済み核燃料があり、六ケ所村の再処理工場での計画もまったく進んでいないままに問題は先送りだけ。今のままでは10年以内に中間貯蔵施設の保管容量を超えてしまい、もっていく場所も全く見通せないことは実に大きな課題です。 今まで使用済み核燃料をため続けていたのは「もんじゅ」があるからでしょう。使用済み核燃料を再処理したプルトニュウムがまた高速増殖炉の燃料になるという、実現すれば「夢の原子炉」になるはずでした。60年代後半に設計され80年代後半には実用化できるといわれていたが、誠に危険な技術でもあり先送りに先送りされ今後の目途はまったくついていません。リスクや経済的に成り立たないということでしょうか、世界各国で進められていた高速増殖炉の開発はすべての国が撤退しているのも事実です。たまり続ける使用済み核燃料は高速増殖炉がダメならただの危険な「核のゴミ」となる。核兵器以外に使い道のないプルトニュームならば再処理施設の意味も大きく変わることになる。利害の絡んだ関係者から廃止を言い出すことはないでしょうが、この国の原子力政策を未来の為に根本から見直す必要があるでしょう。 現政権は信じられないほど早々に「事故収束宣言」をして、しゃにむに再稼働させようとしているが、福島原発そのものの検証もされておらず、被害の全貌も生態系への影響もつかめていないどころか、汚染された地域の諸問題も未だに先行きが見えていないままで再稼働など認められるものではない。不安定な状況が続く福島第一原発の付近には双葉断層があり、直下型地震の起きる可能性も指摘されている。廃炉までの計画を国は30年〜40年とのことだが、しかし、それは作業が順調に進んだ場合の話しであろう。その間に燃料貯蔵プールの崩壊などが絶対に無いように早急に抜かりなくしっかり対策をしてもらいたいと切に願う。 今後は日本の英知と技術力で他の発電方式が積極的に提案開発されていくだろうが、日本のすばらしい技術力が一企業の独占やインサイダー政策で分断されることのないように改革ゴッコではない改善を願いたいものだ。発電と送電の権限を分離し再生可能エネルギーの買い取り制度やクリーンエネルギー政策がスムーズに進展できるよう方向転換をしてほしい。遠い未来の世代にまで犠牲をしいる安易な原発への回帰はゆるされない。先ずは徹底した安全の情報公開のもとでオープンな議論を進めながら新体制をつくり、今後はあらゆる自然エネルギー発電が進展できるような政策をとっていただきたい。 戦前戦後、日本人は西洋文明の豊かさ快適さを求めて経済成長を遂げた「足し算」の時代であったが、改めて見つめ直す好機といえよう。今後は「足を知る」という良い意味での引き算を見直すべき時と思う。他国の経済発展は大いに気になるだろうが、人類にとって本当の幸せとは何なのか、豊かさとはいったい何なのか、人類は何を大切にすべきかということを、経済大国としてではなく先進国といわれるような課題をもって論議してほしいと切に思う。 ノーベル賞は 満天に輝く 美しい星々を あえて表彰する ようなもの 色即是空 空即是色の 宇宙の真理を ノーベル賞は これを表彰する ことは出来ない
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