妙好人善太郎と源太の出合い   


 鳥根県の西の方で、山口県に近い那賀郡有福村に、善太郎という浄土真宗のご安心をいただく人がいた。この人は亡くなってすでに百数十年になる。
 この善太郎じいさんとの出会いによって、仏と出会った人に源太という人がいる。源太は晩年にその出会いを次のように語っています。
 源太は三歳で父に、五歳で母に死に別れた。その源太をひきとって育ててくれたのは、視力障害者の母の姉であった。このおばは全盲であったがとてもカンのするどい人で、掘立て小屋のような小さな家で、マッサージなどをしながら細々とくらしていた。
 そんな環境のせいか、源太はひどいガキ大将になっていた。そうとうひがんでいたのであろう。金持ちの子が祭に新しい浴衣を着てくるのが気にくわなくて土手からつきおとしたり、真冬に氷の池に村の子をすわらせたりといったわるさばかりで、おばをなげかせ、村の人は鬼を見るようなにくしみで見ていた。それが源太をますますつっぱらせていた。
 19歳のときのこと、その年はどういゆうわけか、柿が不作だった。一本の木に五、六個つけばよい方だった。ところが善太郎じいさんの家の柿は見事に実をつけていた。ないと思うと余計に食べたくなる。町へもって行けばいい値になるに違いない。
 源太は子分の伊之助に善太郎じいさんの家の柿をとってこいといいつけた。ところが一度だって逆らったことのない伊之助がいやだという。「善太郎じいさんの家のものだけはいやだ。罰があたる」という。「それならわしが一人でやるわい」とその夜盗人にでかけることになった。その夜は月夜でとてもあかるかった。
 「月夜に盗人もおかしいが、まあ明るい方が危なくないわい」と、からいばりをして木に登り柿を取りはじめた。もうすっかり寝しずまった夜中である。 −− と、突然ガラリと雨戸が開いて善太郎じいさんが出てくる。はっとして身を堅くしているとじいさんは納屋の便所で用足しをし、手洗いで手を洗う。そして空の月を見あげて「ナマンダブ・・・」 と手を合わせる。
 その見上げたじいさんの顔を木の上で見た源太はピックリした。そのしんそこのびやかで光かがやいているじいさんの顔が源太の心をわけもわからずふるわせたのであった。すると、善太郎じいさんは納屋からはしごをもってくると、柿の木にかけて、「どこのどなたかは存じませんが、いくら月夜だからといっても危のうございます。どうぞケガなどなさいませんように」 というのである。知らないと思っていたらちゃんと知っている。そして自分の家に入り雨戸をしめて寝てしまった。
 源太はわけもなく涙が出て来た。自分ではどうにも説明のつかない涙だった。その日から鬼の源太は仏の源太に変わった。
 善太郎じいさんという人は、こんな人であった、と源太は述懐しているのであります。