不惜身命なり、但惜身命なり。
ふしゃくしんみょうなり たんじゃくしんみょうなり

 「不惜身命なり、但惜身命なり」(身命を惜まざるなり、但身命を惜むなり)。これは、道元禅師の『正法眼蔵』の中の「行仏威儀」(ぎょうぶついいぎ)の巻に出ているお言葉です。これは「行仏」を説かれた言葉です。
 諸仏というは必ず「行仏」と示されます。行じない仏というものは有り得ません。行ずることが即ち仏です。その行仏の行というのは「不惜身命なり、但惜身命なり」と示されるのです。ですから、身命を惜まざるなり、ただ身命を惜むなりであります。
 「但」は「但し」ではありません。身命を惜まざるなり、但し身命を惜むなりでは訳がわかりません。法のためには身命を惜まない。但し、とそれを打ち消して、但し身命を惜むというのではハラのすわりがない。そんな肝のすわっていないとらえ方では駄目なのです。「不惜身命なり」と、ここでいったん打ち切る。但しという具合につながないで、全く新たに、「但惜身命なり」と受けるのです。そうでないと、この一句の真の意味はまったくわからなくなります。
 不惜の道と、但惜の道とが互いに、人生最高のあり方として、しっかりと同時現成している。「不惜身命ということをざっとしたことのように思うな。ざっとしたことなら、ばくち打ちにもできる。そんなものではないぞ」 ・・・ 明治の巨匠、西有穆山禅師は、軽率、粗雑な不惜身命ではいけないぞと示されているのです 。
 例えば、相手があって、お互いに張り合うとき等は、自己の身命を惜まないような気分になれるものです。ことに喧嘩や闘争などのときには、自己の大生命を打ち忘れて猛突進することもできる。でもそんなのは、不惜のようであっても但惜身命ではない。身命というのは、そういう粗末なものではない。
 この身命を知るというのは誠に一大事なのです。芭蕉の歌に「閑さや岩に染みいる蝉の声」というのがあります。この歌を思うと題するサイトに「山寺の岩質が、火山灰や軽石を含めた細かな礫からできていて、大変やわらかく、表面が滑らかでない上に凹凸(おうとつ)ができていることから、岩に届いた蝉の声は、一部を吸収しながら分散して反射し、岩盤にしみ込むように穏やかに聞こえるということであり、加えて、それに風化穴があることによって更にその度合いが高まることになる。
 このような環境の山寺においては、重厚さを兼ね添えながら静かに響きわたる。これは、岩質や風化穴が起因しているほかに、広すぎれば蝉の声を余韻として残すことができず、狭ければ音に重量感が伴わないことから、この中谷に、ほどよい空間の広がりがあることも重要な要素となっているように思われる。平成8年(1996年)、環境庁は将来に残したい音風景として「日本の音風景100選」事業を行い、その中で「山寺の蝉」が選ばれた」
。というのがありました。客観的な音の分析ではそうなるのでしょう。しかし、芭蕉ははたしてそのような客観的な見方で詠んだのでしょうか。
 蝉はジ−ジ−とうるさく感じる時もあるものですが、面白いと云えば面白い。小さな蝉がジ−ジ−と鳴くときには持っている全身全霊で鳴いています。蝉のいのちはまったく短いのですが、そういうことには頓着しないで、何も惜しまずジ−ジ−鳴いています。その妙なるものを内なる見方で聞いたのではないかと思うのです。うるさいほどの蝉しぐれをただ聞いている。聞くともなしに聞いている。からだ全体で聞いている。聞こえている事実に親しんでいると思うのです。

 「報恩・感謝」にしても、下の者が上の者に対して、或いは受けた恩に対して服従の意味を込めて、その恩を忘れてはならないというように解釈されていますが仏教的には違います。又、古来より「有り難い」とか「勿体ない」とか「お陰様」とか「すまない」とかの言葉が使われていましたが、今日ではその感謝の心も変化しているようにも感じます。
 バブルの時には、節約するよりも生産性を高めると共に消費をも増大させることが国の繁栄になるから「消費は美徳なり」などと言われ、節約を奨励することは時代遅れのようにもいわれました。節約というのは、単に物を惜しむということではなく、無駄な浪費によって水のいのちや使命を失わせるようなことをしないということです。昔の人は、最初のきれいな水で顔を洗い身体を拭くなどのことをし、つぎにはその水を洗濯や雑巾がけに使い、最後にきたなくなった水は、ほこりをしずめるために庭にまいたり、草花への灌水に用いたりしました。この水の使命を充分にはたさせることは水の命を最大に成させたことになる。そのことはまたその物のいのちに対し報恩感謝を表すことになるの。人でも物でも、それぞれの仏性を活かし感謝して取り扱うことが大切なことは、世の中がいかになろうと変わらない教えなのです。但惜身命とは身命を惜まない報恩感謝の念が基になるともいえるでしょう。

 道元禅師の『行持』の巻に、「光陰(こういん)は矢よりも迅(すみやか)なり、身命(しんめい)は露よりも脆(もろ)し・・・徒(いたず)らに百歳生けらんは恨むべき日月なり、悲しむべき形骸(けいがい)なり、設(たと)ひ百歳の日月は声色(しょうしき)の奴婢(ぬび)と馳走(ちそう)すとも、其中一日の行持を行取(ぎょうしゅ)せば一生の百歳を行取するのみに非ず、百歳の他生(たしょう)をも度取(どしゅ)すべきなり、此一日の身命は尊ぶべき身命なり」とあります。
 「光陰(こういん)は矢よりも迅(すみやか)なり、身命は露よりも脆(もろ)し」とは無常の道理を説いたものです。時々刻々の光陰は、飛ぶ矢よりもすみやかに過ぎ去り、また我々の生命は草葉の上の朝露が日光で消え去るよりももろくてはかないものであり、過ぎ去った時を取り戻すことは絶対に出来ない。 ・・・ いたずらに百年生きたとしてもせっかくの生涯を無駄にすることになる。それはまことに恨むべき日月であり、悲しむべき身命である。たとい百年の日月を無自覚に過ごし、五欲の奴隷となっていたずらに過ごしていても、その中のわずか一日でも、自覚を得て菩提心を起こし正しい行持を行うならば、いたずらに過ごした歳月も償われ、さらには百年後の命をも救済取得することにもなる。故に行持ある一日の身命は、まことに尊ぶべき身命であり尊ぶべき形骸であるといわなければならない、というようなことです。なくなったものにとらわれ追い続けてイライラしする生活であっては、まことに恨むべき日月であり、悲しむべき身命になるでしょう。尊ぶべき身命の生活とは、今ある能力、可能性を精一杯に生かし精進する」行持を行取したいものであります。