|
道元禅師は『威儀即仏法、作法是宗旨』(いいぎそくぶっぽう、さほうこれしゅうし)といい、私たちの普段の生活の中に仏法の極意があると示されます。世間では「形より心が大事」と言いますが、形が崩れると内側も崩れるものですし、ものわかりのよい考えは怠惰につながるものです。『威儀即仏法、作法是宗旨』とは、すべての立ち居振る舞いが坐禅に帰結するということです。正しい形が正しい心を生み出すということであり、坐禅が日常の行住坐臥(ぎょうじゅうざが)に展開されるということになります。
いまは知事というと都知事や県知事のことですが、もとは仏教用語で「事を知る」という意味です。永平寺には六知事があり、禅林の「六役」で、いわば重役です。 大本山永平寺の場合には総責任者は監院(かんにん)と呼ばれます。雲水に関するすべてのことを統括する最高責任者としての「後堂」(ごどう)。後堂の下にあって、雲水を直接指導、監督する職位を「単頭」(たんとう)と呼びます。 「知事」といわれる職位には、叢林(そうりん)における財政、什物(じゅうもつ)に関するすべてを司る「副司」(ふうす)。雲水の管理、また儀式や法要での先導、挙唱回向をする職位の「維那」(いの)。叢林における食事に関するすべてを司る職位の「典座」(てんぞ)。叢林における伽藍の修理、工事、また作務に関するすべてを司る職位の「直歳」(しっすい)。叢林における客の送迎や接待を司る職位の「知客」(しか)などがあり、禅林におけるこれらの役職は、中国では古くから「知事」といい、日本にも継承されています。
ところで、食事を作る典座職が重役に加えられるのはなぜでしょうか。このことは、「男子厨房に入るべからず」で育てられた世代と、戦後生まれの父母に育てられた若い世代とでは台所仕事に対する意識がずいぶん異なりますが、いずれにしても家事全般が負担のかかるやっかいなものというイメージは払拭できないでしょう。そんな、一般社会の通念と異なり、禅門が炊事職を重視するところに禅の世界観が秘められているのです。
 |
| 平田町 十二滝 平成16年秋 |
禅を含めて大乗仏教の思想には 『人間は万物の霊長』 という見方はありません。どのお方もきらきら輝く仏さまには違いないのですが、人間だけが絶対尊厳とは示しません。そこらへんにある石やら草やらでも全部後光がさしているわけです。「悉有仏性」なれども、曇っている目には見えないだけのことです。その仏となる可能性(仏性)にめざめその仏性を開発するのが仏道教育の目的であると考えます。
したがって、私たちが食事をとる目的は栄養だけでなく、心を発育させる心の糧にならなければなりません。食事をつくるにしても技術的な域に止まることなく、人間の修養の為の仏道でなければなりません。この修行の任にあるのが典座職ですから、禅門の要職中の要職に典座職が置かれる所以となる訳です。
このことは、道元禅師の思想を汲む禅門の食事前に読誦する食事作法の「五観偈」 によく示されます。
一つには功の多少を計り、かの来処(らいしょ)を量(はか)る。
二つにはおのれか徳行の全欠(ぜんけつ)を忖(はか)って供(く)に応ず.
三つには心を防ぎ過(とが)を離るることは貪等(とんとう)を宗とす.
四つにはまさに良薬を事とするは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんがためなり.
五つには成道(じょうどう)のための故に今この食を受く.
わかりやすく大意を説明しますと
一.自分にはそれだけの功績があってこの食事がえられたものであろうか、また、いま口に入れようとしているお米は、ご飯としていただくまでに、いかに多くの人々の手数や苦労があったかを深く考え、感謝していただきましょう。
二、まごころをもって供養された、この食事をいただくに値するほどの正しい振舞や、世のため人のために役立つような行ないをしているかどうか反省していただきましょう。
三、心を悪事から防ぎ、罪過を離れるべく心をくらます、むさぼり、いかり、ねたみの三毒(貪瞋癡)をおさえ、修養の心をもっていただきましょう。
四、食事は、贅沢や空腹を満たすためではなく、私たちの身体の健康を維持するための良薬として、必要限度を正しい目的をもっていただきましょう。
五、生きんがための食事ではなく、仏教の理想を達成し、衆生救済の生活ができるように、身心ともにすこやかに、仏の道を成ずるためにこの食事を受けるのである。
 |
| 錦秋の鳴子峡 |
道元禅師は、1227年に中国から帰国すると、かつて禅師が渡宋する以前に修行したことのある京都の建仁寺に2、3年止宿します。道元禅師によれば「建仁寺にも、典座職が置かれてあるものの実は名のみで、典座の仕事が仏道修行の大切な仏事であることを心得ていない」と、このことを大いに嘆かれます。 かくて禅師は「典座教訓」を書き示されることになりますが、とくに典座職はもちろんのこと、禅門のどの職務にあっても「喜心・老心・大心」の三つの心を常に保持すべきであると教示されます。
その「喜心」というのは喜び感謝の心です。仏教の捉え方として、生活にも恵まれ、快適な状態にあって悩むことを忘れているような人を仏教では天界の人と称します。凡人の目から見ればまことにうらやましい境遇にある人たちです。しかし、天人には物質的には快楽の極みにあっても、老いと病死はやがて必ずおとずれます。この不安を現実の快楽で一時的には解消させることはできます。けれども、天人は人間最大の苦悩である老いと、病と、死を真剣に考えようとはしないので、仏の教に出会うことが非常に難しいのです。秦の始皇帝は、晩年になると酒池肉林の現世の極楽を永遠に望み、不老長寿に至る神仙思想にのめりこみ神薬を方々に求めます。望むことは何でも叶い、快楽の日々を過ごす始皇帝にとっては、現世こそが極楽ですから、死につながるものは最も忌むべきものであり「死」という言葉さえも使用を禁止したと云われます。
仏教では、地獄から極楽まで十界を示します。十界というのは、
『 1.地獄界 2.餓鬼界 3.畜生界 4.修羅界 5.人間界 6.天上界
7.声聞界 8.縁覚界 9.菩薩 10.仏 』 がそうです。この、地獄界から天上界までを六道(ろくどう)といいます。地獄は希望を失って呻吟する暗黒の状態。餓鬼界とは飢えと渇きの世界。畜生とは本能に支配された状態。修羅とは自分勝手な正義感を振りかざし他を責め自分を守ろうとする自己主張の世界。人間界は苦楽相半ばする境遇です。人間には煩悩は多いが極悪人は少ない。苦しいだけではなく、楽しいことばかりでもない人間のこころの不安というのは、じつは真剣に人生を考える機縁となるのです。即ち「喜心」というのは人間に生まれ、仏の教えに出会えたことへの法悦の喜びです。
「老心」とは、親が我が子を思う心です。典座は水やお米を見るにつけても、我が子を養う気持ちをもって調理しなさいと教えられます。掃除をしたりナベを洗ったりすることも同様です。これを雑用のように思う人が多いものですが用を雑にするから雑用になるのであって「仏道」には雑用はありません。しかし、修行が未熟ですと「私が何でこんな仕事をしなければならないのか」という意識が潜在しバカらしいという考えがつきまといます。しかし、そんなことでは仕事に対する情熱は出ませんから仕事に身が入りません。日常の作業を禅では「作務(さむ)」と呼びますが、作務そのものが大切な禅修行です。修行の余暇に作務をしているのではないのです。
「大心」とは、山の如く高く大きな不動心、海のように広くゆったりした深い心です。
茶の湯では 『 亭主の粗相は客の粗相、客の粗相は亭主の粗相 』 といって、主人の立場と客になる人の立場とをお互いにかばいあう美しい言葉があります。茶席で客が作法を誤ったり、お茶をこぼしたりしても、それは主人の粗相として客を責めないのが、老心であり大心でしょう。
かつて英国のエリザベス女王が、英国を訪問したある発展途上国の国王と会食したときのことです。食後に指を洗うために出されたフィンガーボールの水を来賓の国王がそれとも知らずに飲んでしまいました。女王の侍臣たちはそれを見て思わず失笑しました。するとエリザベス女王も、自分の前に置かれたフィンガーボールの水をさっと飲んだのです。女王がとっさにとったこの態度に、嘲笑した宮廷の家臣たちは、はじめて自分たちのいたらぬ行動を恥じたといいます。即座に客の粗相をかばいながら、且つ人としての本分を示すとはこういうものではないでしょうか。簡単な仕事でもあなどらず難儀な仕事でもひるまず、非難されて失意に沈まず誉められても有頂天にならず、かたよらない心、とらわれない心、寛大な心を大心というのです。
良寛さまに「仙桂和尚(せんけいおしょう)」という詩があります。
仙桂和尚は真の道者
黙して作(な)し 言は朴(ぼく)なるの客
三十年 国仙の会にあって
禅に参ぜず 経を読まず
宗文(しゅうもん)の一句だに道(い)わず
園菜(えんさい)を作って 大衆に供養す
まさにわれ これを見るべくして 見ず
これに遇(あ)うべくして 遇わず
ああ 今これに放(なら)わんとするも得(う)べからず
仙桂和尚は 真の道者
良寛さんは若いときに、岡山県玉島の円通寺で修行していました。そこで、仙桂和尚は典座の仕事をしていたのです。仙桂和尚は坐禅や経典を読むということでなく、いつも黙々と野菜を作り、調理し修行僧にささげていたのです。そのころ、良寛さまは、仙桂和尚を台所で働くおじさんくらいにしか思っていなかったのでしょう。ところが、円通寺を去って新潟の山中に住むようになってから修行時代を振り返ってみると、当時それほど思わなかった仙桂和尚が実に偲ばれるのです。言葉少なく、心をこめて食事を作り、多くの修行僧の為に精進していたあの仙桂和尚こそ真の修行者であったというのです。「禅」や「無」の文化というものは、人に押しつけることをしない。むしろ、相手のものを一生懸命取り入れて教わろうとする。自らを滅しながら自らを磨いていくというものなのでしょう。仙桂和尚のような修行は、まさに「喜心・老心・大心」の心なくしてでき得ないことであるという漢詩であります。
 |
| 皆瀬川の白鳥 秋田県十文字町 |
|