あなたならどう答える?



三春町 滝桜 平成17年4月25日撮影

Don,t live to eat, but eat to live.(食うために生きるにあらず 生きるために食うなり)という英語の格言がありますが、「生きる」とは世界共通の生き方を求める課題です。禅問答などというと、訳のわからない代名詞のように思われる方もいますが、その真意は本当の生き甲斐を見つけるために、どう生きたらいいのか?をつかむための問答なのです。
 ところで、「生きるために食う」に同感する人は多いでしょう。では、「生きるとは何か?」ということになります。「そんな面倒なことは考えない」と知らんぷりしていても、日常の家庭においても子供たちがたくさんの疑問をぶつけてくる。
「ぼく何のために生きてるの?」、「わたしもいつか死んじゃうの?どうしてなの?」「どうしたら好きになってもらえるの?」「ぼくのうちどうして貧乏なの?」。最近では「何故人を殺してはいけないの?」
・・・ 適当に受け流す親もいるであろうが、子供はおそろしいほどはっきりと本音の部分に迫る。自分が本当に子供に答えようとすれば、何のために、どう生きたらいいか、自分の真の姿を自覚せざるを得なくなる。
 真摯に考えれば一歩も先に進めないがっけっぷちのようなものかもしれません。
 その一歩を更に踏み出せというというのが禅問答の真意なのです。
 その禅問答の一部をご紹介しますと・・
覚山の景通に一僧がたずねた。
「仏とは何びとですか?」
師は僧を売った。僧もまた師を打った。
和尚が言った、
「お前がわしを打つには理由があるが、わしがお前を打つにはそんなものはいらないのだ。」
僧は答えることができなかったので、和尚は彼を打って室から追い出した。
という「公案」の形で示します。
昔から「道に迷ったら原点に戻って出なおせ」といわれますが、あなたの原点はなんですか?



ちなみにごく簡単な問いから・・・

 昔、ある国の王様が、重い病気にかかりました。余命いくばくもない、と思った王様は、国中のえらい学者達を集めてこう言いました。「この世で一番大事なことを、一冊の本にしてくれ」。そこで学者達は知恵をしぼって一冊の本を作りました。ところが、王様はすでに、一冊の本を読む力がなくなっていました。「どうか、一枚の紙にまとめてくれ」。学者達は再び知恵を出し合い、一枚の紙を持ってお城へかけつけると、もはや、王様は虫の息でした。「頼むから、それを一言でいってくれ」。さすがに学者達も困り果て、互いに顔を見合わせていましたが、一人の学者が王様の耳元で何かささやくと、王様は笑みを浮かべて静かに息を引き取ったという話です。さて、この学者はいったい王様に何といったのでしょうか?

二問目
中国に徳山という金剛経の講義で大変すぐれた和尚がおりました。ある時、南方に崇信という和尚が禅というものを教えているという噂を聞いて、どれほどのものかと出かけていきました。途中に餅売りばあさんがいたので、その大福餅を食べようと思った。するとそのばあさんが「あんたの背負っているその大層なものはなんじゃ」と聞くので、徳山が「これは金剛経というお経の注釈をしたものだ」と答えると、ばあさんが、「金剛経の中に過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得とあるが、どの心に餅を点ずるつもりか」と聞いた。点ずるとは食べるということであり、ばあさんは「過去心も現在心も未来心も不可得というのじゃけれども、あんたはどの心に点ずるのか」というのです。徳山は答えにつまってしまった。返事ができんのなら餅は売ってやらんと婆さんはいうのですが、あなたはどう答えるか?

栗駒山 須川湖

 第三問目、いながらにして、川をゆく舟を止めてみよ
 大慈寺の前には川が流れていて、部屋の中からも小舟が行き来するのが見えた。寒巌和尚は川を行き来する舟を指して大智(寒巌について出家、瑩山について嗣法)に問うた。
 「おまえ、ここにいながらあそこを行く舟を止めることができるかな」
すると大智は〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇。
これを見て寒巌和尚が、「手足を労して止めるようではいかんな」
というと、〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇。寒巌はこれを見て大いに喜んだ。


渡辺玄宗禅師は最晩年に入門してきた弟子の一人を枕辺に呼び、「九十九曲がりの山道坂をまっすぐにゆくにはどうしたらよいか」と尋ねられた。「わかりません」と答えるその若い弟子に、禅師は「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」とさとされたという。

最上川スワンパ−ク  平成17年12月撮影

ある人が盤珪禅師に問われた。
「私はどうも、雷を聞きますとびっくりします。もうガラガラと鳴り出すと、居ても立ってもいられませんが、これはどうしたらよろしゅうございましょう。」
すると盤珪禅師は申されました。
「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇、というのがいけない。〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇。」


沢木興道老師にある人が問います。
「坐禅をしている時には、なるほど成仏かもしれませんが、坐禅していない時には凡夫ですか」と−−。
 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇。

元滝  秋田県象潟町

お釈迦さまの弟子の舎利弗が、ある時信者から大変なご馳走の供養にあずかった。舎利弗は自分がいただくのはもったいないと思い、自分のもっとも尊敬するお釈迦さまに召し上がっていただこうと、お釈迦さまのもとへ持参した。お釈迦さまは舎利弗の目の前でそのご馳走を犬に与えてしまった。そして舎利弗にたずねられた。
「そなたが私に供養したのと、私が犬に与えたのと、どちらが功徳があるか?」と。
智慧第一の舎利弗尊者は何と答えられたでしょう。

鳴子町営牧場付近

 息子に先立たれた老婆の悲しみ
 盤珪禅師の法話の席上、一人の老婆がいて、盤珪の話を聞いていたが、しきりと声をあげて泣くのである。ようやくにして涙を押さえて、盤珪禅師に身の上話を始めた。
「私は竜野の者ですが、跡取りの息子が、四十近くになって病んでしまい、何かと養生をいたしましたが、本復することなく、つい先ごろ亡くなってしまいました。誠に孝行な子で、世間さまも善人じゃというてくれましたが、かわいそうに若い者が先立って、老いの私がこのように存命いたしております。息子が死んでからというものは、三度の食事も喉を通らないほどの悲しみでございます。そんな私を見て、一族の者は心配して、何とか和尚さまにお目にかかって、お示しをいただきなさいというので、今日まかり出でました」
 盤珪はじっと話を聞いていたが、「そなたは、息子さんを孝行者だ、善人だとほめなさるが、いや、そなたの息子は大不孝の悪人というものじゃ。そのわけをいうて聞かすほどに、よう聞きなされ。まず、そなたにたずねるが、息子は親にも孝行で、他人にもいい人であったかや」
「ここに兄弟たちもみなおりますが、ほんとうに一度も親に逆らわず、兄弟にもよく分かるように言葉やわらかにいい聞かせ、他人にも、人のためになることならば、自分のことのようにしてやる子でした」「なるほど、そんな子ならば嘆き悲しむのももっともなことじゃ。で、その息子が死ななければ、そのように嘆き悲しむまで迷うこともあるまいがの」 
 「息子さえ元気でいてくれますならば、何でかように悲しむことがありましょう」
 「うん、うん。されば、元気でおりさえすれば親をこのように悲しますこともあるまいに、親に先立って、生き残った母を悲しませているその息子は、ほんに悪人の大不孝者じゃわい」。
 こういわれてポカンとしている老婆に向かって、盤珪はさらに言葉を続けた。
「〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇。〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」と懇切に示されて、老婆もようやくにして身の非を悟ったのであった。

秋田十文字町 雄物川 H16.12月

夢窓疎石がかつて地方の小さな寺に住していたころ、ともに住んでいた僧の中に闘争心の強い人がいた。あるとき、その僧が疎石のもとにやってきて、
「わたしには闘争癖がありますが、どうすれば治すことができましょう」とたずねた。
「闘争を好む癖を知っていれば、闘争心はおこらないものだ。それよりも、うまく戦う方法を教えてやろう」
といって次のように話した。
「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」
 こののち、その僧は今までとはうってかわって実に柔和な人間になったという。

八幡町 玉簾の滝  平成17年2月撮影

麻浴山に住する宝徹禅師は、夏の暑い日に扇で仰いでおられた。そこに、一人の僧がやってきて宝徹禅師に問うた。「風性常住、無処不周なり、なにをもてかさらに和尚扇を使う」と。その意は、風というものは常に存在している、風がゆきわたらないところはないであろう。それなのに、和尚はどうして扇を使っておられるのか? そう尋ねました。すると、宝徹禅師は「汝、ただ風性常住をしれりとも、いまだところとして至らずといふことなき道理を知らず」と。つまり、おまえさんは風性というものは常に存在しているということは知っていても、風性はどこにでもあるという道理がわかっておらん・・と。そこで僧がさらに「いかなるかこれ処として至らざるなしの道理」どこにでもあるとはどういうことですかと尋ねると、宝徹禅師は〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇。


沢木興道老師のなぞなぞ?
アメリカに「我が妻は我が父の母なり、我が父は我が子なり、我が妹は我が孫なり」という言葉があったそうな。これを分かろうとして苦心に苦心を重ね、ついに神経衰弱になって死んでしまった弁護士がある。
 これは、〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇。この実物を掴むのが根本の問題である。実物を知らずに、字ばかり読んでおってはダメだ。

蔵王樹氷原コ−ス 平成17年2月撮影

老僧のところへ、京都大学で哲学をやっておるという青年が尋ねてきたことがある。 「人間は死んだらどこへ行きますかと」いうから、「火葬場へ行くだろう?」と答えた。「火葬場へ行ってどうなりますか」と言うから、「〇〇〇〇〇〇〇〇〇」と答えた。
 すると今度は矛先を変えて「人生の目的はなんですか」と聞くから、「〇〇〇〇〇」と答えてやった。さっぱり意味がわからぬらしく浮かぬ顔をしておるから、「目的目的と騒ぐのは目的地へまだ着かぬ人の言うことだ。目的地へ着いたらもう目的はないのだから、〇〇より仕様がないではないか。働くことが〇〇だ、勉強することが〇〇だ、人の為にすることが〇〇だ。政治が〇〇であり、経済が〇〇だ。人生の苦楽悲喜、すべてが〇〇だ。人生が〇〇でないと。本物でない」と話したことであるが、わかってくれたかどうか。
山田無文 碧巌物語より

羽黒山  爺杉と五重の塔