曹洞宗のお念仏
仏前に花一輪の心がけ

 念仏といえば、亡くなった人の追善供養とか、極楽往生を願うときの称えごとと思うでしょうが、念仏というのは冥福供養のための称えごとと限ったものではありません。
 徳本行者というお方は 「往生という字は死ぬるという字は書きはせぬ。往き生まれると書くぞよ。・・・ 極楽に生まれるのじゃ」 と教え示されるごとく、念仏の念仏たることを示そうとするならば、亡き人の極楽往生を願っての念仏というだけでは言い得ているとはいえないでしょう。
 そこのところを、一遍上人は『念仏で「ナムアミダブツ」を称えながら極楽に往生したいと思い「ナムアミダブツ・ナムアミダブツ」と称えている人というのは、あたかも「飯を食い食いひだるさ止むる薬あるかと尋ねるがごとし」』と説かれます。本当のお念仏とは「ナムアミダブツ」と称えていることが既に往生であるということでしょう。「ナムアミダブツ」と称えていることが、既に極楽であるということなのでしょう。
 世事を自ずからすべて引き受けることは大きな負担です。仏さまも神さまも信じない人は、自分ですべて解決しなければならないでしょう。それができなければ、他者のせいにするしかありません。仏さまにおまかせすることにより少しは気分が楽になるかもしれません。 南無とは帰命とも訳し、仏に自分をすべてまかせる、投げ入れるという意味がありますが、真宗にはおもしろい表現があります。
南無というは、棄てても棄てても、ついて来おった袖乞いが、消えて無くなった心なり
南無というは、耳の聞こえぬ者が立ち聞きして、あかなんだと聞き得た心なり



 さて、日本の仏教徒のほとんど全体に普及している「ナムアミダブツ」というお念仏も結構なことではありますが、永平寺開祖、道元禅師は『唱名はある一つの仏さまの御名に限るには及ばない、十方(東西南北・北東、北西、南東、南西・上下)の全世界に三世(過去・現在・未来)にわたって、それぞれ無量無数のみ仏がましますのであるから、「南無三世諸仏(なむさんぜしょぶつ)」とお念仏するのが良い。もし、一仏名を唱えるとするならば「南無釈迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)』と唱えるのが良いと示されます。
 仏教は釈尊のお悟りより初まるのですが、釈尊以前にもすでに過去七仏と言われる仏がおられると説示されます。しかし、いかに諸仏・諸菩薩の功徳力が大きくても仏教の源泉を汲み「正伝の仏法」を示される時には「過去・現在・未来の諸仏、ともにほとけとなるときはかならず釈迦牟尼仏となるなり」或いは、「峰の色渓(たに)の響きもみなながら 我釈迦牟尼の声と姿と」とあるように、釈尊一仏に帰納される所以です。道元禅師は、阿弥陀様も観音様ももとより否定されるのではありませんが、本当のところは一切が仏ということなのです。 「ナムアミダブツ」を唱える時の前文として「光明遍照 十方世界 念仏衆生 摂取不捨 至心帰命 南無阿弥陀」と必ずお唱えします。「仏の光明は十方世界を遍く照らす」というように読み、照らす物と照らされる物との関係において理解しがちなのですが、そうじゃないのです。道元禅師は「光明とは人人なり」と示されます。アミダブツとは無量寿・無量光のこと、つまり無限の中で、自分が今ここに、このように生かされている、それが光明ということの実際であるということになるでしょう。南無とは、仏様にお任せするということですから、祈るときにも条件はつけない。任せてあれば条件などいらないはずなのです。その心が「摂取不捨」であり、禅で言う「諸縁を放捨して、万事休息」であり、キリスト教でいう「神の思し召すままに」であり、イスラム教の「アラ−のお許しによって」など、みな同じと思われる。こうなれば幸せであろうなと思うと、そうならないときは不幸になってしまいますから、そんな条件などはつけない。南無が光明であり、光明は人人なりというとき、「法の人にあるときこれを仏という」ということになるでしょう。
 そして、信仰帰依の真心から自然に出る唱えごとは「南無帰依仏、南無帰依法、南無帰依僧(なむきえぶつ・なむきえほう・なむきえそう)」という三宝のみ名を唱えるのが最も良い。』という意味のことを仰せられています。


 永平寺の仏殿には三世仏として釈迦牟尼仏と弥勒仏・阿弥陀仏がまつられ、総持寺の仏殿には、釈迦牟尼仏と迦葉尊者・阿難尊者がまつられ、石川県の大乗寺では釈迦牟尼仏と観音・虚空蔵の両菩薩がまつられます。曹洞宗の本尊には釈迦牟尼仏をまつることが多いのですが、必ずしも釈迦牟尼仏とは限りません。しかし、曹洞宗檀信徒のお仏壇には両祖である道元禅師と瑩山禅師をお釈迦さまとともに尊崇し「一仏両祖」として尊んでいるのです。
 仏教の源泉を汲む禅宗系は「悟り」の宗教と言われます。これに対し浄土信仰とか観音信仰とは仏の「大慈悲心」を期待する「祈り」の宗教とも言えます。曹洞宗は「只管打坐」に基づき「正伝の仏法」を標榜する姿勢ですから「悟り」の宗教ではありますが、「祈り」とは表裏一体である「信仰」を軽視するものではないのです。仏道を信じ、個々の我にみちた自分を投げ出して、三宝に対し敬い信じて任せる唱名が三帰依(さんきえ)なのです。
 修証義第十三節には「仏弟子となること必ず三帰による何れの戒を受くるも必ず三帰を受けて其の後諸戒を受くるなり、然あれば則ち三帰によりて得戒あるなり」と示される如く、信仰帰依の根本となり基礎となるものは「三帰依」の信であると示されます。この根本ができれば「三聚浄戒(さんじゅじょうかい)」という三つの願(がん)も、「十重禁戒(じゅうじゅうきんかい)」という十の戒めも外からおしつけられるものではなく自分自身の願として「しなければならない」ではなく「せずにはおられない」というようになり、「してはならない」ではなく「する気にならない・できない」ということになるのが「信心」といえましょう。 曹洞宗の正しい信仰とは「行」であります。

 三帰礼文には
自ら仏に帰依し奉る 当に願わくは衆生と共に 大道を体解して 無上意を発(おこ)さん
自ら法に帰依し奉る 当に願わくは衆生と共に 深く経蔵に入りて 智慧海の如くならん
自ら僧に帰依し奉る 当に願わくは衆生と共に 大衆を統理して 一切無礙(むげ)ならん

と、まずはじめに「大道を体解して」とありますように、身体で受け止め覚えなさいということです。仏教の大道とは「行」であります。繰り返すことになりますが、戒ということを普通には「戒律」と受けとめ自分には関係の無い、いかにも窮屈な規則というように考えてしまいます。しかし、戒律という言葉はインドには無いといいます。「戒」と「律」とは本来違うからです。「律」というのは、法律などと使うように、社会的・教団的規律です。これに対して「戒」とは個人的規制です。自分から誓って、自己の生活を規制することです。
 例えば、明日は受験だ、面接だ、重大な任務があるというような前の晩には、夜更かしマージャンや深酒などは誰しもがつつしみます。幼稚園の子供でも明日は遠足という時には、前の晩には好きなテレビも我慢して明日に備えて早く寝るものです。みんなでどこかに行く時にも「あまり飲み過ぎるなよ」とか「風邪ひかないようにな」とかお互いに注意し合います。でないと、みんな揃って楽しめなくなるからです。真の道とはたやすくはありませんが自分で自分を律するほかないでしょう。他から規制されるのではなく、自ら生活を規制していくというのが「戒」の受け止めかたということになるでしょう。
 私たちの生活にとって道徳を無視したりしてはならないし、道にはずれてもいけない。暴飲暴食など生活が乱れていれば正しい心身のすわりができません。禁戒(いましめ)は人生にはどうしても必要なことと思います。その根本となるものは三帰依であると示されるのです。


( 臨終の時のとなえごと )

 「生まれる時は、自分が泣いてまわりが笑って迎えてくれる。死ぬときはまわりが泣いて自分は笑って逝きたいものだ」というロシアのことわざがあるそうです。生まれる時には、赤ん坊は必死に泣いているのに、まわりでは手をたたいて喜んでいる。これが幸せな姿でしょう。反対に、死ぬときに本人が泣いて、まわりの人が笑っているのではこれは笑っている人も不幸なことです。
 自分が死ぬときに、泰然と笑って逝くには理屈ではありませんから虎の巻などありませんが、マザ−テレサは、臨終に立ち会うときには「自分が本当に信じている神の名を唱えなさい」と言ってあげたといいます。道元禅師も 「正法眼蔵道心」の巻に、「この生のをはるときは、二つの眼(まなこ)、たちまちにくらくなるべし。そのときを、すでに生のをはりとしりて、はげみて、南無帰依仏、ととなへたてまつるべし。このとき、十方の諸仏、あはれみをたれさせたまふ縁ありて・・・」と臨終のときには「南無帰依仏」ととなえることによって、安らかに生の終わりを迎えられると示されています。
 懇切丁寧な道元禅師の教えにはほんとうに頭が下がります。 生の終わりの時に際しては、みんなが別れを惜しんで悲しんでくれる中を悠然とまではいかなくとも「みなさんありがとう」。こころの中で「南無帰依仏」 と微笑んで逝きたい。そうありたいと願っています。