昔、中国は金綾(現在の南京)に則公という僧が、法眼文益禅師(885〜958)のところで監寺という寺院運営の責任者をしていた時のことです、
法眼禅師問うていわく「別監寺、なんじ、わが会にありていくばくの時ぞ」
則公がいわく「われ師の会にはんべりて、すでに三年を経たり」
禅師のいわく「なんじはこれ後生なり、なんぞつねにわれに佛法を問わざる」
則公がいわく「それかし、和尚をあざむくべからず、かつて青峯禅師のところにありしとき、佛法におきて安楽のところを了達せり」
禅師いわく「なんじ、いかなることばによりてか、入ることを得し」
則公がいわく「それがし、かつて青峯に問いき。「いかなるかこれ学人の自己なる」青峯のいわく、「丙丁童子来求火」
禅師のいわく「よきことばなり。ただし、おそらくはなんじ会せざらんことを」
則公がいわく「丙丁は火に属す。火をもて火をもとむ、自己をもて自己をもとむるににたりと会せり」
禅師のいわく「まことにしりぬ、なんじ会せざりけり。佛法もしかくのごとくならば、今日までつたわれじ」
ここに則公、煩悶してすなわち発ちぬ。中路にいたりておもいき。「禅師はこれ天下の善知識、また五百人の大導師なり。わが非をいさむる、さだめて長処あらん」。禅師のみもとへかえりて懺悔礼謝して問うていわく「いかなるかこれ学人の自己なる」
禅師のいわく「丙丁童子来求火」と。
則公、このことばのしたに、おおいに佛法をさとりき。
(正法眼蔵 弁道話)
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昔、中国は金陵の法眼禅師のもとで則公という僧が修行していました。しかし、則公は法眼禅師のもとに仏法について聞きに行くということはありませんでした。ある時、禅師は「汝は我がもとに来て何年になるか?」と問うのです。則公は「すでに3年になります」と。
禅師は「お前は求道の志をたてて三年も経とうというのに一度として私に仏法について尋ねたことが無いというのはどうゆうことかな?」
則公曰く「自分はけっして禅師様をあなどったり軽んじているわけではありません。じつは、私がこちらに参る以前に青峯山の老師のところで仏法の何たるかを会得し、大安楽のおちつきを得ているからです。そのような訳で問法を受けなかったまでのことでございます」
禅師は更に「そうか、それはどのような言葉で悟りを得たのか話してみなさい」
則公は「私は青峯老師に仏教を学ぶものの本当の自己とは何でしょうか?と尋ねました。」すると青峯老師は「丙丁童子来求火」と答えられました。その時、今までの迷夢がさめて大安心ができました。
禅師は「ふうむ、よい言葉である。しかし汝にはこの言葉の真実は本当はわかってはいないな」
そう言われて則公は黙ってはいられません。
則公は「私はこのように解釈しました。それは、丙丁童子が来て火をさがす、というのは火が火をさがすことです。つまり仏教を学ぶものの真の自己とは火が火をさがすように、仏性が仏性をさがしているということです」と、それは「衆生本来仏なり」と教えられているのに、外に向かって仏を追い求めて来た自分こそ仏だったことに気づかず、自己が自己を求める愚かさに気づき迷いがなくなったということです。
禅師は「汝はやっぱりわかっていないではないか。「衆生本来仏なり」とわかることぐらいは何ということもない。仏教というものがそんな簡単なものだったら、今日まで伝わってはこなかったであろう。」と一喝されます。
自分の理解していたことを否定され自尊心を傷つけられた則公は寺を飛び出してしまいます。
しかし、根はまじめな道心家ですから、旅をつづけるうちに考えるゆとりがでてきた。「自分はあのように理解し納得していたが、禅師は天下の名声高い人徳ある老師である。自分とはちがう見解があるのかもしれない。もういちどそれを問うてみよう・・・」
則公は法眼禅師の元にかえり、至心に懺悔し礼拝して謝ります。「あらためてうかがいたいのですが、仏教を学ぶものの真の自己とは何ですか?」と問う。
禅師答えて曰く「丙丁童子来求火」と。
それは青峯老師と同じ答えでありました。その瞬間、則公は今度こそまごうことなく大悟するところがあったと、としるしています。
おわかりになるでしょうか?
青峯禅師と法眼禅師は同じ「丙丁童子来求火」と答えたのです。法眼禅師の言ったことは則公が理解していたことと同じ言葉でありました。同じものではあるのですが、則公は頭で理解していただけで自分が本当の火になっていなかったのですね。
「おれは解っている」という態度で仏教を学んでいては、自己と仏とは対立し、さとりを空想し、観念で想像しているから、そのさとりは本当の悟りにはならないのです。外に求めることが見当ちがいならば、内にこそありと決め込むことも分別の観念となります。求心止むところの境地を身体で感得する行持が坐禅なのです。
「正法眼蔵」現成公案に「仏道を習うというは、自己を習うなり、自己を習うというは自己をわするるなり・・」と、同現成公案に「諸仏のまさしく諸仏なるときは、自己は諸仏なりと覚知することをもちいず」と、自己が仏になりきっている時には自分は仏であるという感覚すらなく、ただ仏としての行持があらわれてゆくのみであると示されます。つまり、則公が懺悔礼拝して自分の非を認め謙虚になって全身全霊で法眼禅師に質問している。この謙虚さが無我のあらわれです。禅は無我の実現がねらいなのです。吾我を離れ、自我の見をやめ、自己を忘れて無我になった則公が無我について尋ねている。故に「火の兄弟が火をさがしている」という教示になるのです。
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