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施餓鬼(せがき)の法要は施食会(せじきえ)とも云い、多く盂蘭盆会に付会されますが、その由来は違います。 曹洞宗においてこの盆月に行う法要を長い間、盂蘭盆会施餓鬼(うらぼんえせがき)と称して定着していましたが、施す者と施される者の間に尊卑貴賤の差異があったならば厳に戒むるべきことであるとして、宗門では「施餓鬼会」と言わずに「施食会」(せじきえ)と改めました。その盂蘭盆会というのは目連尊者の孝道に由来し、施餓鬼は阿難尊者の救苦心によるといわれます。
孟蘭盆会と施餓鬼法要とは、その由来を異にするものですが、曹洞宗の盂蘭盆は、盂蘭盆会を含んだ施餓鬼供養が行なわれます。
ある時お釈迦さまの弟子の目連尊者が父母の養育の恩に報いるために修行で得た神通力で亡き父母をさがすと、母は餓鬼趣にいて骨と皮ばかりにやせ衰えていた。それを見た目連は食べ物を鉢に盛り母に差し出した。しかし、母が食べようとすると、それは、口のところで火に変わってしまい食べることが出来ません。目連は悲嘆のあまり号泣し、お釈迦さまの処へおもむき、そのことをありのままに述べました。お釈迦さまが示されるところによると、目連の母が餓鬼趣に堕ちたのは過去世の罪過があまりに深いからであり、それを救うには汝の神通力でも如何ともしがたい、多くの出家者の力によらなければならないということでした。そして、お釈迦さまは「救済の法」を示し、その法によればすべて「憂苦を離れ罪障を消除」させることができると説示されました。この「救済の法」というのがお施餓鬼会の起源であり、お盆はご先祖さまへの孝順供養の教えであるといえます。 施餓鬼会の由来については仏典に次のごとく示されます。 お釈迦さまの弟子阿難尊者が夜、ひとり静かなところで坐禅していますと、焔口(えんく)という餓鬼が現われた。やせ衰え、のどは細く、口からは火を吐き、髪は無茶苦茶に乱れ、目は奥のほうに光る醜い恐ろしい餓鬼であった。その餓鬼は阿難尊者に向って「三日の後、汝の命は尽きてわれと同じような餓鬼となるだろう」というのです。阿難は驚き、その難から免れる法を問うと、その餓鬼は「それにはわれらの如く餓鬼道にいる苦の衆生、あらゆる困苦の衆生に対して飲食を施し、三宝(仏・法・僧)を供養すれば汝の寿命はのび、我も又苦難を脱することができる」と。そこで阿難尊者はなんとか実行したいと思われたが、財産の無い自分にはどうすることもできず、お釈迦さまに教えを乞うと、お釈迦さまは陀羅尼を説き示され施餓鬼の法を教示せられた。 お釈迦さまは「餓鬼のいうところは真実であるが恐れおののくことは無い。観世音菩薩から一つのありがたい秘呪を授かっている。一器の食物を供え、この「加持飲食陀羅尼」(かじおんじきだらに)を唱えて加持すれば、その食べ物は無量の食物となり、一切の餓鬼並びにバラモン等は充分に空腹を満たされ、無量無数の苦難のものを救い、施主は寿命が延長するだけでなく、その功徳によって仏道を証得することができる」と説かれた。阿難尊者はお釈迦さまの教えに随い施食せられたところ、焔口餓鬼の言うが如く寿命は延長し、菩提を証することができたといい、これが施餓鬼の起源となります。 施餓鬼会の疏(しょと読み、となえ文のこと)をみると、目連尊者は母を助けて苦を救う・・云々とありますが、盂蘭盆会に施餓鬼を営むのは目連尊者が餓鬼道におちた母を救った事に由来するものです。施餓鬼会におけるいろいろな供物なども、荘厳法(かざりつけ)も盂蘭盆会の意味が含まれているという訳です。 禅宗では特にこれを重視し、僧堂生活においてご飯をいただく時に、食台の隅に七粒のご飯をとる生飯(さぱ)ということをおこないます。一年中毎日施餓鬼供養をしているといえるでしょう。このいのちとは、この地上に生命を受けている動物植物をいただき、限りないご縁と多くのお陰をいただき尊い命を受けているのですから、自己の内心にある飢渇の心と行動を含め「少欲・知足」を感得し、一切衆生の餓鬼・精霊に施食し、衆生と共に仏道を成ずるよう修行しているのです。
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