対大己五夏闇梨法

 道元禅師様は、叢林における修行生活の中で、正しい人間関係の礼節についての心得を、『対大己五夏闇梨法』(たいだいこごげじゃりほう)の一巻に書さ記しています。大己(だいこ)とは、自分よりも長大なる者、すなわち先輩のことであり、五夏闇梨とは、安居という一定の修行期間を五回以上経験している、師範たる人格者のことを指しています。

一、大己の房に入る場合には、門の端から入るべきである。門の中央から入ってはならない。
一、大己に対する場合には、必ず身を正し、不動の姿勢をとるべきである。
一、大己がまだ坐らないうちに、先に坐ってはならない。
一、大己がまだ席を立たないうちに、先に立ってはならない。
一、大己がまだ食べないうちに、先に食べてはならない。
一、大己がまだ食べ終わらないうちに、先に食べ終わってはならない。
一、大己がまだ入浴しないうちに、先に入浴してはならない。
一、大己がまだ眠らないうちに、先に眠ってはならない。
一、大己を前にして、かゆい所を掻いたり、蚤(のみ)や虱(しらみ)を取ったりしてはならない。
一、大己を前にして、洟(はな)をかんだり唾をはいたりしてはならない。
一、大己を前にして、手で顔面をなでたり頭を掻いたり、手足をいじくりまわしたりしてはならない。
一、「 大己を前にして、楊枝を噛んだり、口をすすいではならない。
一、大己を前にして、頭を剃ったり爪を切ったり、腰衣を換えてはならない。
一、五夏闇梨を前にして、口を大きく開け、あくびをしてはならない。手で口をさえぎるべきである。
一、上座を前にして、突然大声をあげて笑ったり、恥を知らぬような振る舞いをしてはならない。
一、大己を前にして、大きな声を出して溜息をついてはならない。定められた法に従い、敬をもって接すべきであ る。
一、教えや注意を受ける場合には、必ず礼儀正しく拝聴し、法のごとくに心より察し、反省すべきである。
一、上座に対する場合には、つねにへりくだる心を忘れてはならない。
一、申し上げることがある場合には、謙下(けんげ)して申し上げるべきである。思う存分言い尽してはならない。
一、大己の指示なくして、人に説法してはならない。
一、大己から質問された場合には、定められた法に従い答えるべきである。
一、つねに大己の顔色をうかがって、失望させたり怒らせることのないようにするべきである。
一、大己のところにある場合には、苦事は自分が進んで行い、好事は大己に譲るべきである。
一、五夏・十夏の大己に遇った場合には、敬意する心をおこすべきである。退屈するような態度をしてはならない。
一、五夏・十夏の大己に近づく機会があれば、経典の意義や戒律の主旨などを尋ねるがよい。先輩を軽視し自分をおごり高ぶってはならない。
一、大己を前にして、他方の高僧の好悪長短を論じてはならない。
一、大己を軽視し、ふざけて議論や質問をしてはならない。
一、大己を前にしては、たとえ叱るべき者がいても叱ってはならない。
一、大己が何かを忘れていることに気づいた場合には、慇懃に教えるべきである。
一、大己の間違いに気づいても、声高に冷笑してはならない。
一、大己が施主のために説教する場合には、正身端坐して聴くべきである。その場から、にわかに立ち去るようなこ とをしてはならない。
一、大己が説教する場合には、下座にあって是非を論じてはならない。
一、大己の師と対する場合には、よくそれを認識し、礼をつくすべきである。
一、大己の弟子と対する場合には、師の礼をもってつくすべきである。大己の中にも、また上下の関係があり、それ をよく心得、乱すようなことがあってはならない。
一、久遠に大己のなくなることはない。初めて安居した時より大己にまみえ、仏果位(修行によって得られた一定の 証)にいたってもまた大己にまみえるのである。



上記の大己五夏・十夏に対する法は、すなわち諸仏諸祖の身心に他ならず、心して拝読すべきでしょう。これは三世十方世界の中でも、実に逢いがたい尊い法であり、前世で善根を植えた者のみに聴くことができる法門の極致です。