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「涅槃経」に「一切衆生 悉有仏性」(いっさいしゅじょう しつうぶっしょう)という教えがあります。訓読では「一切衆生は悉く仏性有り」と読みます。
しかし、有るというと、また有るということにこだわってしまう、有るか無いかということにこだわってしまうのです。「狗子(くし)仏性」という公案があります。古来から、悉く仏性有りというのであれば犬にも仏性が「有る、無い」というようなことが問われたわけです。
道元禅師は、これを「一切衆生は悉有なり仏性なり」と読まれ、「悉有は仏性なり」と示されました。悉有の「有」は有る無しではなくて、全宇宙の「存在」そのものを示します。「悉有」とは「ありとあらゆる存在」そのものが仏性の現前であると教示されたわけです。
さて、道元禅師は14歳の時に強い求道心から比叡山で修行されるのですが、「本来本法性、天然自性身」「ほんらいほんぽっしょうてんねんじしょうしん」と教えられたことに疑問をもったのです。「もともと誰もがそのままに仏であるということであるならば修行など不要ではないのか、しかし、なぜ祖師たちは発心して修行して悟りを得られたのか」ということです。
比叡山は当時の仏教総合大学というべき存在ですから、名高い僧侶もおられたはずでしょう。しかし、誰に尋ねても若き道元の質問に的確な答えを示してくれる人はいなかったのです。道元禅師はこの疑念を解決するため入宋求法し、浙江省天童山での如浄禅師との出合いによって、ついに、この疑問を豁然と解消されるのです。
そこのところを「弁道話」で「この法は、人人の分上にゆたかにそなわれりといえども、いまだ修せざるにはあらわれず、証せざるにはうることなし」と−−。「一切衆生 悉有仏性」なれども、修証がなければ得ることはできないと示されるのです。
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「見ずや、竹の声に道を悟り、桃の花に心を明らむ。竹豈に利鈍あり迷悟あらんや。花何ぞ浅深あり賢愚あらん」
道元禅師は、よくこのたとえを出されます。これは、禅宗では、たいへん有名な禅談で香厳(きょうげん)の撃竹」「霊雲の桃花」と言われる話です。
−− いさんの弟子で香厳知閑という大変に聡明なお坊さんがいました。ある日、お師匠さまのいさんから、祖師の言葉や経典類などからではなく、自分自身の一句を持ってきなさいと言われ、香厳は思案を重ねますが、みなどこかで学んだ借り物ばかりで、自分自身の一句というものが、どうしても出てきません。ついに「画餅飢えを癒さず(絵に描いた餅では飢えを癒すことはできない)」と言って、学んだ本、経典類の一切を焼いてしまったのです。それから慧中国師の庵に引きこもって墓守りとして、もっぱら作務三味の修行をしておりました。作務というのは、たとえば掃除をしたり、あるいは畑を耕したり、木を切ったりといった勤労のことで、禅宗では、大切な修行のひとつとされています。
何年かたって、ある日掃除をしていると、偶然、箒ではいた瓦のかけらが竹に当たり、その音を聞いて、香厳禅師はハッと悟られたというのです。これが「香厳の撃竹」というお話です。
もう一つの「霊雲の桃花」という話は、霊雲志勤という方が雲水行脚の途中、山を越えて峠に出た時、眼前に広がる桃の花の美しさを見て、ハッと目が覚めた、真実に気づくことができたという話です。−−− ところで、竹にカチンと石が当たる音を聞けば誰でも悟りを得られるなら厳しい修行などはいらないでしょう。また、花を見さえすれば、みな気づくことができるというなら、誰だって悟ることができようものです。ところが、なかなかそうはいきません。
「祖師の言葉や経典類などからではなく、自分自身の一句を持って来い」というのは、禅問答の「放下著」(ほうげじゃく)、その意を簡単に言えば「みなサッパリ捨ててしまえ!」「こだわるな」です。
「放下著」の因縁とは、あるとき、趙州(じょうしゅう)和尚のところに厳陽(ごんよう)尊者という一人の僧がやってきて、「一物不将来の時如何」(いちもつふしょうらいのときいかん)と問うた。(私は迷いもなく、教理や悟りというものさえきれいに忘れて無一物の状態ですが、この上はどう修行すればよろしいか)と言うのです。そこで趙州和尚は「放下著」(ほうげじゃく)「自分を知りたきゃ自分を捨てろ」と示すのです。けれども厳陽尊者は「放下著」の意がわからず「すでに是れ一物不将来、箇の何をか放下せん」(捨てろと言われても先にも申し上げた通り、私は一物も持っていません。既に無一物なのに何を捨てろというのですか)と応酬するのです。そこで趙州和尚は「恁麼ならば即ち担取し去れ」(何も持っていない、何も捨てるものが無いというのであれば、その何もないという意識をかついでいくがよい)と示されたのです。見事な対機説法の妙、この一語にふれて厳陽尊者は大悟したというのです。
人間の本性は「悉有仏性」なりとも、現実の人間は今までの知識や自己の努力にとらわれ妄想なる思慮分別で迷いを重ねます。わずかの修行で悟ったという境地とは、悟りと自分を対立的に見ている状態であり、わずかにサトッタ気になったとしても、それは求道のはじまりといえるでしょう。
香厳知閑禅師の話とは、いくら修行をしてもなかなか悟ることができない。というその時、「自分には徳がないから悟れないのだろう。ならば、今からしっかり陰徳を積む修行をしよう」という覚悟ができたのではないでしょうか。納得したい、悟りたいと欲しがっていたその自我を手放すことによって、手放して困ったということもなく、逆に手放したが故に真の自我が生まれたのでしょう。香厳の「放下著」の覚悟が「無心の行」となり、「本来無一物」たる縁が熟したのでしょう。
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道元禅師の『正法眼蔵』梅花の巻に「梅早春を開く」という言葉があります。これは中国の言葉ですから、漢文では「梅開早春」となります。返り点をどうつけるか、仮名をどう送るかといった点については、読みとる力量の違いによってその内容にも浅深があるわけです。
「梅は早春に開く」−− 普通には、梅は春に開く、春になったら花が咲く、花のさきがけとして梅が咲いたという認識くらいなら誰でもわかることです。
道元禅師は「梅開早春」を「梅開に帯せられて万春はやし」と示されます。考えてみれば、春というような概念を梅の花咲く頃を春といっています。実際、梅が咲いて春がきたんだなあと感じますが、「春」というのは表しようがありません。そして、これは、単に梅が春に花開くという話ではなく、梅というのは自分自身、早春とは人生とか存在そのものを示しています。 いわゆる「梅早春を開く」とは、梅や春の話ではなく、先の「悉有仏性」に当たるのです。
−− 肺病で入院していたある僧が小康を得たので病室の窓を開けてみた。すると、一陣の風が病室に入り込んだ。その人はそのさわやかな空気を吸い込んだ。何度か繰り返すうちに、風は病んだ自分の肺にもいやがらずに入ってくれる。水や食べ物もいろいろな姿形で自分を養っていてくれる、「悉有は仏性なり」と受け止めることができたというのです。そう思うと不安だった心が、急に軽くなったそうです。−− 「梅開早春」とは、「梅は早春に開く」と、「梅は早春を開く」という客観と主観が相即しているのです。
道元禅師の示される「一切衆生は悉有なり仏性なり」とは、一般的には「一切衆生悉く仏性有り」と読むことを更に深く掘り下げられ、すべての存在するものは仏性であるといわれるのです。仏性とは、縁起・無常・無我・無自性・空なる、仏の悟った存在の本性です。いわゆる、「仏となるべき本性」を仏性というのではなく、「仏であることの本性」が「仏性」であると示されるのです。 「一即一切」という祖師の言葉もあります。一つのものが一切を代表するというのが仏法のとらえどころということですから、「梅華」を正法眼でとらえるときには、梅華は一枝の花というのではなく、その花に即して、その中に宇宙を統一して見るということになるでしょう。先の霊雲が桃の花を見て悟ったという話は、その場合には桃の花咲く世界を見て、その桃の花に世界全体を観たということになります。
「梅華開いて世界芳しし」 仏法とは自己が修行するところに法の花が開くということですから、梅の花の時節には「梅花」を媒介として仏道を示されるのです。
花 語 ら ず
花は黙って咲き 黙って散って行く
そうして 再び枝に帰らない
けれども その一時一処に
この世のすべてを托している
一輪の花の声であり
一枝の花の真(まこと)である
永遠(とわ)にほろびぬ生命(いのち)のよろこびは
悔いなくそこに輝いている
臨済宗・京都南禅寺管長であった柴山全慶老師の詩です。 |
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