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中国の詩人「陶淵明」という人が「桃花源記」を表しています。その大筋はこうです。
「あるところに一人の漁師が住んでいた。魚を追って川をさかのぼって行くうちに道に迷い、自分がどこにいるのかさっぱり分からなくなってしまった。あたりは一面の桃の林であった。陽光で桃の花は輝き、林は芳しい香りにつつまれ、その美しいことはたとえようもなかった。なんという珍しいことだと思いながら漁師はさらに進んでいった。すると、水源の山に至った。そこに小さな穴が開いていた。漁師は夢中でこの穴に入って行ったのです。やがて、ぱっと目の前の景色が開け、美田の広がる村に出た。池はきれいな水をたたえ、竹や松が繁茂する平和な村で、村人達は仲良く暮らしていた。人々は漁師を温かく迎えてくれたので夢のような日々を過ごした。やがて漁師は故郷に帰って来たが、後に再びこの里を訪ねようとしても、その道はようとして知れなかったという。この里を人々は「桃花源」と言ったという。
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・・・ 誰しも心の中に、どこかにこんなところがないかなあ、と夢見ながら旅に出るのではないでしょうか。この世をせわしなく、あくせく努力しながら、生きるということはどういうことなのか分からなくなったりする時もあります。そんな時、人間界の喧噪を離れ、そんな「桃花源」のような理想郷を求めてそこに行こうとするが ・・・ どうしても見えてこない。桃花源に近いような気がすることはあってもまるで夢中の桃花のよう・・・
桃花源(幸せ)を、カ−ル・ブッセ(上田敏訳)も歌います。
山のあなたの空遠く、幸い住むと人のいう
噫(ああ)、われひとと尋(と)めゆきて、涙さしぐみ、かえりきぬ
山のあなたになお遠く、幸い住むと人のいう
山の向こうのどこかに幸福があるというらしい。今自分が幸せでないのは、まだ見つけてないからだ。それを見つければ幸せになれるんだろう。しかし、自分一人で行く勇気もないので、誰かをさそって行ってはみたけれど、幸せを見つけることはできなかった。それで空しく帰ってきたものの・・。あなたが出かけていった幸せの山は近すぎたんですよ。もっと遠くの山ならば「幸せ」があったのにと人は言う。−−
昔から「夢」の思想が表れている和歌も多い。 織田信長が好んだという能「敦盛」の「人間五十年、下天のうちに比ぶれば、夢幻のごとくなり」 は有名です。豊臣秀吉の辞世の句にも「露と落ち 露と消えぬる我が身かな 浪速のことは夢のまた夢」というのがありますが、外国に迄兵を出しながら自分はお城で天下人の栄華を誇って気ままに暮らし、自分の権力の都合では甥の秀次や妻子数十人の命も奪っておきながら、「夢のまた夢」といわれたのでは、凡人の感想としてはたまったものではありません。
道元禅師は正法眼蔵「夢中説夢」で「夢・覚もとより如一なり、実相なり」、夢も真実であるという説き方をされます。「現実も、実は夢とかわることがない」そのように見るが良いと示されるのです。 『金剛般若経』には「一切の有為の法は、夢・幻・泡・影の如く露の如く、または電の如し、まさにかくの如き観を作(な)すべし」と「無常」や「空」なるものとして示します。 同じ「夢」でも「どうせ短い人生だから、おもしろおかしく暮らすのが上策だ」とか「どうせ一度は死ぬのだ、そうならば、いちかばちか思ったことは実行しどえらいことをしてやろう」というのでは「仏道」ではありません。仏道とは「真実の夢」を観る道です。この「夢」を、現実の生き方から切り離して考えると遠い彼方の夢物語になってしまうのです。
「霊雲の桃花」という話があります。霊雲志勤という僧が雲水行脚の途中、山を越えて峠に出た時に眼前に広がる桃の花の美しさを見て目が覚めた。真実に気づくことができたという話です。別の話に、自分探しの旅に出てあちらこちらと探し求めるうちに、偶然に山深く分け入った里で悟ることができた。その里というのは以前から慣れ親しんだ自分の故郷であったというのです。経典に「宝処は近きにあり」、或いは「近しと雖も而も見えざるなり」とあるように、これを手に入れたら幸せ、ああなったら幸せになれるだろうとウロウロし、ごく近いところにある宝に気づかずにどこかにないかと探し求める。−− 凡夫とはそういうものなのでしょうが、幸福はどこかにあると探し求めて得られるものでもない。「仏道を習うというは自己をならふなり」という道元禅師の教えとは、私どもがこの世に生きる生き方を教えてくれるものなのです。
即処に感応すれば、僻地ではあっても早春のバッケに心遊ばせ、ポカポカの風呂、ほろ酔いの晩酌、家族の笑顔、普通といえば普通のこの生活を無上の幸せと感じる。花に水をかける。その花がおいしいうれしいと水を吸っていることが分かる。腰痛に苦しみながらも妻の看護に感謝し、お風呂で自分の身体を洗える、自分で足袋をはけることにも有り難さを感じる。見える・話せる・聞こえる・味わえる・おしっこが出る・雪掘りができるという当たり前のことも無上の喜びとなる。
霊雲志勤は生きる姿勢を「外に求めず」に帰家穏坐したところ、もともと自分の家、つまり、自分自身に尊い仏性が具わっていることに気づくのです。すべての存在は真理を離れて存在するのではない。道元禅師は、さめることのない実相の夢の中で法を聞き、そして仏道を修行せよと説示され、それに気づく心を「発菩提心」と示されるのです。
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人しれず めでし心は 世の中の
只 山川の 秋の夕暮れ ( 道元禅師和歌 )
山奥に在っても念々に過ごしておれば 山川の風情にも 仏の声を聞き、仏の姿を見ることができる −− 幸せを探し回るのではなく、「今」を仏の行持として過ごすことができている人は最も幸せなことでしょう。
「水源の山に至ったところの小さな穴」がこのHPの目指す意を込めておりますが、正法眼蔵 法華転法華の巻に、「火宅に露地を開示悟入するあり、このゆえに火宅も不会なり、露地も不識なり」 −− と。 火宅とは「心迷」の世界であり、露地とは入っていく道のことです。けれども、道元禅師は火宅と露地を相対するものとは示しておられないのです。火宅と露地を分別しませんから「火宅」と「露地」という分別する世界などありませんよと示されるのです。つまり、小さな穴門の内も外も同じ仏の世界(法華)であるぞと示されるのです。
どう転んでも、仏の世界の中の出来事であれば、あわてふためくことはない。そう腹が据われば、いろいろな苦しみの中にあっても憂いずに、どこかゆとりをもって苦しんでおれるのではないでしょうか。
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| 船岡城址公園を望む 宮城県柴田町 H16.04.19撮影 |
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