最高の神通力とは「漏尽通」
 昔から怖いものの代表に「地震、雷、火事、親父」と言われてきました。近年は時代の変化もあり、親父についてはともかく、地震、雷、火事はやっぱり怖い。特に地震という天災については人間の力ではどうにもなりません。しかも、突然に来襲しますから国家を脅かす敵として、これほど恐ろしい敵もない。というわけで、国家的事業として国力を挙げ非常時に備えています。

 ところで昔から、ナマズが地震前に騒いだとか、鶏が梁に上がったとか、冬眠したばかりの蛇が、地震の二日前にぞろぞろ姿を現した、とか、地震の二時間前に磁石が突然磁力を失ったという記録もある。漁場の魚の捕れ具合にも相関関係があるということも言われます。地震と動物だけでなく、地震と植物の関係を研究している人もおられます。樹木の根がセンサ−のような働きをして、地震の起こる約20時間前から異常電位があらわれ、本震が起こるとその異常は急速に減衰するというのです。つまり地震の前兆として植物体の活動電位としてあらわれるのだというのです。怖い大地震の前兆を、地球物理学、地震学、電気工学者などが一体となって捉えようという意見もあり、今後の研究に期待されます。
 ところで、地震予知態勢は進歩しても、地震は人間の力では止められない。 畢竟−−地震に対しての備えをどうするかが課題となります。
人生には「上り坂、下り坂、まさか」という坂があるという。その「まさか」なる人生の地震にはどう備えていればいいのでしょうか・・


神通力でこれを予知し対処する・・ 仏教には六神通という六つの神通力というお示しがあります。
六神通とは、智慧と禅定によって得た六種の自在な力で、神境通・天眼通・天耳通・他心通・宿命通・漏尽通の六つです。
 一つ目の神境通とは、思いのままに、いかなるところへも行ける。何にでも姿を変えうる神通力のこと。
 天眼通とは一切の世界すべてを見通せる、餓鬼道や畜生道の有様もことごとく見える眼です。それに引き替え、うまい物を見て我先に手を伸ばそうというのはいう眼は餓鬼の眼、文句を言うときの眼は修羅の眼、嫌いな虫を殺すときには殺生の眼ということになります。
 天耳通とはあらゆることをも悉く聞きうる力、一切の世界のいかなることも聞き取る。
 他心通とは、他人が何を思っているのか読みとることができる。
 宿命通とは、先の世に何をしていたかが分かり、且つ過去にとらわれず、未来に迷わず永遠の今に生きることができる。
 漏尽通とは、煩悩が消えることです。何のとらわれもありませんから、日々是好日です。

 神通力といえば、引田天功やマリックの手品でも使うようなことのように思うでしょうが、本当の神通力とは種あかしができないというようなものではない。むしろ、襖の向こうで寝ているおじいさんの様子が分かる、子供の泣き声が何を求めているのか分かる。その方がむしろ神通力といえる。
 世間ではタネがあっても手品やマジックの方に目がいきますが、禅宗では漏尽通こそが高く評価され、「帰り来たれば別事なし」の世界こそがかけがえのないものとされ「神通ならびに妙用、水を運び及び柴をはこぶ」に尽きることになる。「上り坂、下り坂、まさか」の人生においても六神通を念頭に置いて自分に負けず自然体でおられるように呼吸を調えることを忘れなければすばらしいと思う。神通力とは奇跡などという通常能力以外の能力ではなく、修行を積むことによってひとりでにこれらの神通力が備わってくるものでしょう。健康によいからと、いろいろサプリメントを探すよりも、今まで生きてきたのですから、今まで食べてきたものを少し量をへらして、おいしく食べていればいいという平常心も神通力といえるかもしれません。

 道元禅師は『普勧坐禅儀』で「須(すべから)く言を尋ね語を逐(お)うの解行を休すべし。須く回向返照(えこうへんしょう)の退歩を学すべし」とおっしゃっておられます。簡単に言えば、他事ばかり追いなぞっていた自分に気づき、すべては自己の内側にあると見つめ直すことです。そして、正身端坐の神通力には計らいなどしなくとも、その内容がしっかり収まっているということになるでしょう。

境内にて撮影