葬式仏教についての私考  


ある有名な仏教学者の論について  (ある仏教会報19号に掲載の文から引用)

仏教の教えというものは、つまるところ、
−−なんだっていい・どちらでもいい−−
 というものだと思います。この「なんだっていい」「どちらでもいい」ということが骨の髄までわかれば、悟りが開けたことになる。そんなふうに、わたしは考えています。
 しかし、わたしのこの言い方、どうも誤解されてしまうようです。
 「なんだっていい」と言えば、「こうあらねばならぬ」と考えて、その理想の実現のために努力しているまじめな人が、自分の精進努力を否定されたように感じ、あるいは馬鹿にされたように思って、腹を立てるのですね。どうもまじめ人間は扱いにくいです。
わたしはときどき、「なんだっていい」と発言して袋叩きにあうことがあります。いつか、お葬式なんて、やってもいいしやらなくてもいい、なんだっていいんだと話して、お坊さんたちの集中砲火を洛びました。こういう発言は、お坊さんにとって営業妨害のように感じられるのでしょう。
 でも、「どちらでもいい」ということは、お葬式を派手にやってもいいのです。やりたい人がやることに、わたしはけちをつけているわけではありません。
 先祖供養だって同じです。先祖供養をしたい人が先祖供養をされる。熱心にやっておられる。それはそれで立派です。わたしはそれを非難しているのではありません。
 ですが、先祖供養をしていない人も、それはそれでいいのです。なにも無理に先祖供養をする必要はありません。それが証拠に、浄土真宗の開祖の覿鸞聖人は、
 《親鸞は、父母の孝養のためとて、一返にても念仏まうしたること、いまださふらはず》(『歎異抄』)と言っておられます。いや、そもそもわたしたちは死んだらすぐにお浄土に生まれるのです。
『即得往生』(無量寿経)であって、死んだ瞬間、すぐさま浄土に往き生まれる。それも、仏のほうから迎えてくださるので、子孫が先祖供養をしたからお浄土に往けるのではありません。そんなこと、仏教のABCです。したがって、先祖供養は「なんだっていい」のです。わたしはそう思います。
 それじゃあ、おまえは、お葬式・先祖供養になんの意味も認めないのか?と詰問されそうですが、そう詰問する人のほうが、お葬式・先祖供養の意味をわかっておられないのです。
 この点については、菩提達摩(インド名はボーディダルマ)の話があります。
 菩提達摩は六世紀にインドから中国に禅を伝えた人物です。あの起き上り小法師、達磨人形のモデルになった禅僧です。達摩(後世の文献では達磨と表記されています)は中国に来て、最初に梁の武帝に会い、問答をしています。
武帝は達摩にこのように言っています。
 《朕は即位以来今日まで、多くの寺院を造り、経巻を書写し、また僧尼たちを度してきた〔=出家させた〕。これらの行為には、いかなる功徳があるであろうか?》
 写経をし、寺院を建立し、僧尼を援助する。すべてすばらしい行為です。それを武帝はやってきました。
 だが、その問いに対する達摩の答えは、 『無功徳』  でした。「功徳なんてあるものか」というものです。
 なぜ、でしょうか? わたしたちが功徳・ご利益を求めて何かの行為をすれば、その行為は楽しくなくなります。義務的になってしまいます。たとえば、満員電車で老人に席を譲ります。そのとき、老人から「ありがとう」の言葉(功徳)を求めていると、その老人が無言でいた場合、(こんな奴に譲るんじゃなかった)と不快になります。親切をして不快になるのであれば、親切はやめておいたほうがいいでしょう。達摩はそのことを言いたかったのだと思います。
 「あんな、おまえさんが功徳を求めて写経をしているのであれば、やめとき。そんな写経に功徳なんてあるものか!」ということでしょう。
 わたしたちは、写経が楽しいから写経するのです。親切にさせていただくことがうれしいから、そうするのです。親切そのものが功徳である、そういう親切をさせていただくわけです。
 したがって、お葬式・先祖供養は、それが楽しいからさせていただくのです。″楽しいから″という表現はちょっとおかしいですが、楽しくない葬式・義務的にする先祖供養であれば、する必要はありません。(中略)お葬式や先祖供養は、あなたがあなたのためにするのです。そういうお葬式・先祖供養をすべきです。
 だから、したい人だけがすればいいのです。先祖供養をしないと崇りがある、だからするというのでは、それこそご先祖さまを悪魔の類にし、冒漬していることになります。



鳴子峡

 いきなりですが本題に入ります。
 この仏教学者の言っていることは、つまるところ「どちらもいい」と言いたいのでしょうが、「なんだっていい、どちらでもいいということが骨の髄までわかれば、悟りが開けたことになる」 というのはおかしい。「なんだっていい」「どちらでもいい」という理念とは、「どうあらねばならない」ということに「自分はとらわれていない」ということなのでしょうが、楽しいなら「する」、楽しくないなら「しない」というのは、凡たる好き嫌いの判断ですから禅においては病弊ともいえるでしょう。大乗仏教の根本思想は「空」であることには違いない。しかし、禅は行であって哲学ではない。空であるからと無執着となるようでは「無執着」も執着と観たお坊さん方の集中砲火だったのではないでしょうか。  【この仏教学者の悟り論(参考)】

 禅では「無」に対して次のようなお示しがあります。
 厳陽尊者(ごんようそんじゃ)(嗣趙州)、趙州(じょうしゅう)に問う。
「一物不将来(いちもつふしょうらい)の時いかん」(大意−私は無になりきって何も持っていませんが、どうですか?)
趙州曰く「放下著(ほうげじゃく)」(大意−そんなもの捨ててしまえ)
厳陽曰く「一物すでに不将来、この什麼(なに)をか放下せん」(大意−何も持っていないのに何を捨てろというのですか)
趙州曰く「恁麼(いんも)ならばすなわち坦取(たんしゅ)し去れ」 (大意−そんなに持っていない持っていないと言うのなら、かついで去れ!)  『五燈会元・四・厳陽章』 

 この学者は「お正月やお盆などという日本民族に古来からあった行事を、仏教的行事としていっしょくたに取り入れたところの、ご先祖さまの崇拝、先祖供養は悪のりだ」「わたし自身は、死体なんてどうでもいいと思っている。死ねば、すぐに極楽浄土に往生できる。と、わたしは信じているからだ。だから、お葬式もする必要はないと考えている」と言うが、それこそ仏教評論の「悪のり」でしょう。「お墓参りというような死者を拝むことはおかしなこと」というのも同様です。脱線しますが、この評論家は「競争は悪である」として、「運動会の競争でもいやでいやでたまらない子もいるのだから、順番などつけるべきじゃない」という論を強く主張している。そんな主張が闊歩するから、ゴ−ルの手前で遅い子を待って、みんなで一緒にテ−プを切らせるというおかしな運動会が出現する。負けたらくやしいだろうが、負けて自分を強くする人生の意義も合わせ持っている。だからこそ昔から「若いときの苦労は買ってでもせよ」というのであろう。現今では子供をあまやかし過ぎて我慢することも教えられず、小さな成功や突破体験をさせないから自信もなく辛抱もできなくなっているのだろう。勝負の最大の相手とは相手ではなく自分であろう。勝ち負けにこだわる「自我」、「ばかにされた」と悶々とする自分を見つめ直し、自分に負けない教育でありたいものだ。

 話を戻します。−− むかし学信上人の所へ、ある信者がきて「わたしは念仏申したくありませんが、申したくなるまで待っていてはどうでしょうか」と問うたそうです。学信上人は「お前のようなナマクラなものが、念仏申したくなるまで待っていたら一生涯、念仏申したくなるようなことはあらへん。念仏申したくなくとも申されよ」と示されたそうです。 いくら崇高な考えがあろうと阿呆行を行ずれば阿呆であるように、仏行を行ずれば「仏行」になるのです。いわゆる祖師のお墓を拝す僧侶の行とは「慕古」の仏行です。仏教でいう葬儀というものも一般的習俗ではなく仏教的精神を根幹とした儀式です。
 カトリックにも洗礼や聖餐という秘蹟(儀式)があります。しかし、ルタ−やカルバンは信仰によって成立するのがキリスト教の根本であるから、秘蹟などという儀式儀礼で救済されるという考えは異端であると主張しました。その理由は、すぐれた聖職者がキリスト教を広める為にはどうすればいいかということを考えた。その結果、聖職者はまことしやかに説教するようになり、いつのまにか堕落してしまった。 −− ルタ−もカルバンも非難したのは、そうした点ではなかったでしょうか。宗教的儀式であっても、この点はどの宗教であろうと心しなければならないところです。

 当地の法事の情況を考えますと、信仰心ある旦那衆といえど、「昔からやってきたことだから」とか「世間体」「住職に悪く思われるのはどうも・・」等という次元からはじまり、幾度もの法事で仏縁を育み親族の話を聞き、祖先の生き方を学びながら杯を傾けるのは「稽古」と思うのです。霊の有無を論じるのではなく、ほとけ様に「行って来ます」と挨拶するその時、仏が仏さまに手を合わせている事実には間違いないのです。 「孝行をしたいと思うときには親は無し」という一般的世間にあって、油断して孝行を逸した親への慈悲心の発露でもある法事は素敵な仏事と思う。仏事とは「迷信や暗示」といった類のものではなく人生の稽古と拙僧は考えます。

  無理に先祖供養をする必要はありません。それが証拠にという点についても・・・
 『 親鸞は、父母の孝養のためとて、一返にても念仏まうしたること、いまださふらはず 』 というのは、「念仏を申したことがない人でも、死んだらすぐにお浄土に生まれるから念仏や供養などいらない」ということではないでしょう。親鸞さまの示されようとするところは 亡き父母の為とか、亡き子の為、ああなってほしいこうなってほしいと念仏するのは、自我の入ったわがままな迷いの念仏になってしまう。人生にあれこれ注文つけずに念仏を申しなさい。「・・・の為」の念仏ではなく、一切の条件をつけず無条件で念仏を申しなさいということではないでしょうか。
 注文をつけない念仏というものは、そのままで念仏の功徳がすべて含まれるからです。念仏を積み上げて極楽に往生させて貰うのではなく、ただ念仏するから念仏なのです。念仏や先祖供養は必要ないといっているのではないと思います。
 親鸞聖人のお言葉に「よしあしの文字をもしらぬひとはみな まことのこころなりけるを 善悪の字しりがおは おおそらごとのかたちなり」とあります。理論や理屈を振り回さない人は、常に純粋に阿弥陀仏の法に信順しているが、知的にふるまう人々のこころは、いつも理屈に走って、本物の信心を見失っているというような意味でしょう。法然上人のお言葉にも「念仏を信ぜん人は、たとひ一代の御のりをよくよく学すとも、一文不知の愚鈍の身になして、尼入道の無知のともがらにおなじくして、智者のふるまいをせずして、ただ一向に念仏すべし」と。いくら仏教を勉強研究しても「仏の行」がなければ仏行にはなりません。

 葬儀や授戒会で必ず「衆生、仏戒を受くれば諸仏の位(くらい)に入る。位大覚(だいがく)に同うしおわる。まことに是れ諸仏の子(みこ)なり」と唱えられますが、これは世尊のことば(梵網経)とされています。ここでいう受戒とは「禅戒一如」とされるものでありますが、「帰依三宝」をはじめとしての受戒によって、仏と同じ妙法を自覚させられ、そして、その時、人は菩提心をおこすと解釈しています。
 「正法眼蔵」道心巻で「仏道を求むるには、まづ、道心をさきとすべし ・・・ ねてもさめても三宝の功徳をおもひたてまつるべし」 とあります。道心の「道」は覚と同じ意味ととらえてもいいでしょう。梵語では「阿耨多羅三藐三菩提」(あのくたらさんみゃくさんぼだい)、すなわち仏さまの境界「仏心」のことです。この「おもひ」は念仏の念の字にあたります。「念」とは、常に思う、とこしえに思って忘れないという意味ですが、大切なことは観念ではなく身口意の三業で念ずることです。そのような教えを仏縁薄い人に、葬儀や法事で仏法を知らしめることは大きな法縁です。 誤解を受けるかもしれませんが、真実この世の宝と言えば「仏法僧」の三宝以外に見つからないというところまで感得できなければ、仏教の真髄を語れるものではないと思います。「仏」と「法」は了解するが僧を敬う気がしないとも言っておられます。僧侶側としてはこれを謙虚に受け止め反省すべきではありますが、「帰依三宝」の功徳とは「一闡提」となっても三毒五蓋の煩悩にあってもついには善根をつぎ、その功徳を増長する。帰依三宝の功徳は不朽なりという心髄を感得してほしいものです。

鳴子峡

 それから、「無功徳」の解釈についてですが、
 梁の武帝は、こころのうちに、何か善い果報を求めて善根功徳をされたのでしょう。そうとすれば、それは人天の果報であって、善事を為して天上の楽果を得たとしても、その果報には限りがあります。その果報が尽きれば、また下界に沈まねばならない。本当の功徳とは、「善い果報を求めての善根功徳」ではなく、ただただ無心に黙々と深い心で善行を重ねるよろこびそのこと自体の中にある功徳ということ。故に、梁の武帝のされたことは、人天の善果、世間でいうところの福徳と呼ぶものであると看破して「無功徳」と示されたのでしょう。
 禅宗においては、この三字を「功徳無し」と訓読することをせず「無功徳(むくどく)」と音読する習わしになっています。しかして、無功徳の意味がわからない武帝は「それでは真の功徳とは何か」と再び問うのです。達磨大師は、「有所得の欲念を棄てて、浄智円妙なる佛性の本体を徹見し、空寂無相なる実相を証することが先決で、世間有漏の立場、 人天の小果では到底求めることができない」と諭されるのです。武帝はこれを理解できなかったのです。   あなたは?・・
 
 ある寺の大般若会の法話であるお坊さんは「大般若に来られても皆さん!功徳なんかないですよ!」と大きな声で元気に説教していたが、お爺ちゃんお婆ちゃん方は一様に ・・・ とまどっていた。その空気を感じた坊さんは 「みなさん!本当ですよ!もし功徳があるという人がいたら私にその人を連れてきてください!」
には 一同「 ・・・。」  オチが無いのなら、そんなことは言わない方がいい。
 「無功徳」とは功徳が「無い」というのではない。無功徳の「無」は「有」に対する「無」であろうはずがない。それが証拠にお説教の最後にその坊さん自身が「願わくはこの功徳を以てあまねく一切に及ぼし 我等と衆生と皆共に仏道を成ぜんことを」を唱えるじゃありませんか。 −− あるお師家さんが、般若心経の「無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法」の「無」も、否定的に天地のいのちを表しているのだと受け止めれば、肯定の方から、無の眼耳鼻舌身意有りということになる。「本来無一物」も、本来無の一物と読んだらどうかと示されている。これならわかりやすい。この見方で言えば、無功徳とは「無という功徳有り」、「無なる功徳有り」とも解釈できる。功徳の功は本来備わっている「本性」なるものを示し、徳とは本来備わっているものを自覚して自分のものにすることですから、「無量なる功徳」、「無尽なる功徳」、「無辺なる功徳」ともなることを学ばねばならないでしょう。

 一般的には修行して「悟りを開く」というように考えるでしょうが、そのような修行は「有所得」です。徹底して無所得であるべき坐禅が「悟り」ということにとらわれる時には薬病(やくへい)を生じてしまうことになる。したがって、悟りとは骨の髄までわかれば悟りが開けたことになると考えるとしたら、それはマルクスの「宗教は阿片である」の世界になってしまう。坐禅にしても、悟ろう悟ろうと頑張る坐禅であっては、「あれ欲しい・悟りたい」の餓鬼禅になってしまう。 うつ病が流行っていますが、うつ病患者になんだっていい、どちらでもいいということが骨の髄までわかれば、悟りが開けたことになるなどと思量させるのではなく、「非思量」の坐禅が大切なところなのですから、うつ病を直すための妄想禅、我慢禅ではかえって悪化させてしまうでしょう。


 正法眼蔵「海印三昧」に次の言葉があります。
 「得道入証(にっしょう)はかならずしも多聞によらず、多語によらざるなり。多聞の広学はさらに四句に得道し、恒沙の偏学つひに一句偈に証入するなり」−−−(大意−悟りというのは必ずしもたくさんの教えを聞き、言葉を覚えることではない。たくさんの教えを聞き広く仏教の学問をした人も、得道するには四句に得道し、ガンジス河の砂の数をかぞえるほどたくさんの学問をした人も得入するのは、たった一句の偈によるのである)・・・
 一句の豁然大悟というのは、さとりとか迷いとかの概念もすべて瓦解する一句のことです。正法眼蔵随聞記では古人の語録や公案を読んでいろいろ勉強するにしても、説教する為の材料の仕込みであるならば、その行為や学習は自行化他の為には無用であると示されます。むしろ「只管打坐して大事をあきらめ」ならばたとえ一字を知らなくても他に向かって無限に展開することができると示されるのです。
 善いことをするにも「せねばならぬ」というのでは道徳です。「せずにおれない」という心に気づかせるのが宗教です。先祖供養はしたい人がやればいい、という問題ではなく「せずにおれない」というところを気づかせようとの法事でありたいと拙僧は勤めています。

鳥海山にて

 日本の仏教を葬式仏教と揶揄する人が昔も今もいますから、若い坊さんの中には教理仏教や葬式仏教との揶揄故に心痛める時期があるものです。時期ですから、そのような葛藤は昔からあったことことですし、これからも課題となるところのものが人生でしょう。ところで、「葬式などは僧侶が本来やるべきことではないのだ」という原理主義的発想はどこからきているのかを考察します。

 釈尊最後の旅路を描いた「大般涅槃経」というお経があります。この中で、お釈迦さまは弟子のアナンダに、「出家修行者は法を正しく実践することこそが釈尊を尊敬し供養する道であり、出家修行者は釈尊の葬式にかかわることよりも、正しい目的のために努力せよ。釈尊の葬式は在家信者のなすべきことだ」というようなところがあります。ここのところを、「釈尊は生きた人間の苦悩を解放せんがために正法を説かれたのであって、死んだ人間は管轄範囲外である。であるから、坊さんは葬式なんぞしてはいけない」というような文字の上だけで理解している仏教学者の解釈を鵜呑みにしてしまうところにあると思う。
 釈尊の大般涅槃時にアナンダは「それではお釈迦さまのご遺体はどのようにしたらいいのでしょう」と尋ねられるのですが、それに対し「私の遺体は王中の王である転輪聖王になぞらえて布や綿で幾重にも巻き、そして火葬にしなさい。荼毘後には舎利(遺骨)が残るから塔(スツーパ)を作って供養しなさい」と言い残されたそうであります。アナンダはこの指示を受けて、地元のマッラ族を指揮して、お釈迦さまのご遺体をたくさんの香木で荼毘に付したと伝えられています。つまり、お釈迦さまはご自分の遺体の火葬方法を示されアナンダはこれを守られたのです。−−  では、お釈迦さまの示される仏道主旨は何なのかということになりますが、『出家修行者というものは仏陀の遺骨を後生大事にしながら、いつまでも嘆き悲しむということではなく、正しい修行を求め精進せよ』、ということではないでしょうか。

 遺骨についても、先の学者はある共著の中で「日本人は骨にやけにこだわっていますね。だけど、遺骨に執着しているから、霊界や幽界があるような気になるのじゃないか。骨なんかこだわるな、遺骨なんかいらん、死者は仏様の国に行ったんだと、どうして日本のお坊さんは遺族を安心させないのでしょうかね。◇織田信長は、頭蓋骨に漆を塗り、金粉を施して盃にし、正月それに注いで臣下に酒を飲ませたという話があります。古く日本でも、頭蓋骨は酒器に使われています。日本人は、骨にあまりこだわる必要はないんじゃないでしょうか。使えるものは使えばいいので、お酒を飲むのにちょうどいいじゃないかという感覚は、いいと思います。◇日本人の遺骨への執着は、私はお坊さんの怠慢だと思います。お坊さんは、自分はお寺で仏様の国を拝んでいるのだから、墓なんて参るバカがどこにいるか、と言えばいいんですよ」と云われる。
 同書の中で、相手の方が「禅宗では、労働を作務と言いますが、労働を神聖視していますね。なぜでしょう」の問いに対し、この学者先生は「昔の日本のお坊さんは、国家公務員でありました。国家から生活を保証されている。その負い目でしょうね。皆のお世話になっているんだから、自分でできることは自分でやらなければいけない、という思想だと思いますね。」という発言をしている。同学者は禅問答解釈の著書でも、「何事も自分で体験しなければわからないというのは低俗な体験主義である。禅や仏教を学ぶのに体験が絶対に不可欠とは言えない」と、この学者には昔の仏教の解釈未熟と共に、「仏道」の体解は無いように思われる。同学者はインドの葬送や風葬などを比較して云々していますが、ヒンズー教の教理と仏教の教理は違いますから遺骨についての認識も違って当然でしょう。更に仏教が伝えられた歴史や文化と融合した我が国の仏教文化が違うのはむしろ当然のこと、日本での祖先崇拝の「信仰」からいえば、遺骨を踏みにじることは日本人の良心を踏みにじることにもなる。
 人が亡くなった時の表現には「死体」と「遺体」があるが、「ご死体」とは言わない。名前がわかる場合は「遺体」です。遺体であれば葬儀に関する儀礼がほどこされるはずですが、犬や猫などのペットは遺体とはいわずに「死骸」です。「遺体」とは生前の人格がそのまま継続されているといえる。しかし、「埋葬許可書」や「火葬許可書」の無い骨壺が忘れもののように電車の網棚に置かれ、或いは、ゴミと一緒に夢の島まで運ばせる輩も出現。高速道路に散骨すれば、やがて粉々になり雨に流され自然に帰るなどとうそぶく −− 無信仰とは、そういうところに帰結してゆくことになるのです。

 時宗の一遍上人は寂後の葬礼について「没後の事は、我が門弟におきては葬礼の儀式をととのふべからず。野にすててけだものにほどこすべし。但し、在家のもの結縁のこころざしをいたさんをば、いろふにおよばず」と言い残されたそうです。しかし、一遍上人が入滅されると出家の時衆たちは「野に捨てるのではなく」、ある意味で一遍上人の遺志に背くことではあるけれども、「念仏弘通の為」その後継者の集団が編成されました。葬儀法要儀式の反映ゆえに時宗の法灯が守られているともいえましょう。
 親鸞聖人も、自分が死んだら賀茂川の水に流して魚に与えよと申されたそうですが、現実には荼毘に付されたあと御遺骨を大谷本廟という形で祀りました。まさに親鸞聖人の遺骨から本願寺の信仰ができたといえるでしょう。古今東西、尊い方の遺骨を粗末にあつかった信仰者や教団はどこにもありませんし、縄文人は貝殻を添えて葬ったり、クロマニョン人の遺骨の傍には花の痕跡もあった如く手厚く葬ることは既に何万年も前から人間がおこなってきたことです。
 言うまでもないことですが、「王中の王である転輪聖王になぞらえて布や綿で幾重にも巻き、そして香木で火葬する」というような財がインドの出家求道者にあるはずがない。釈尊が「出家修行者は自分の葬式法事を大切にせよ」などと示されたらば問題になるでしょうが、「出家修行者は正しく法を実践することこそが釈尊を尊敬し供養する道であり、出家修行者は仏道に精進せよ」というのは当然のことでしょう。道元禅師は、仏道を学ぶ上で大切なことは無常を感ずることであると示されました。私たちが深く無常を感じるのはやはり親しい方との別れを通してのことを考えれば、和尚自身もしっかりと葬式、法事をすることはご供養を通して深くいのちをみつめ、生き方を学ばせていただく「下化衆生」の修行といえるでしょう。

錦秋の鳴子峡 平成17年

 次に、道元禅師の教えの中から在家葬儀を否定される意見があります。どのような箇所が指摘されているかと言いますと、「正法眼蔵 大修行」の巻で「百丈野狐」の話に関する説示があります。
 「百丈野狐」の話とは、百丈懐海が説法していたとき、一人の老人が説法を聞いていた。ある時、説法が終わっても老人は帰らないので百丈禅師が「そこにいるのはいったいだれなのか」と声をかけた。老人は「私は人間ではありません。私は大昔この山の和尚として住んでいた。ある日弟子の一人が私に質問をした。「仏道修行が良くできた人でも、やはり因果に落ちて苦しみますか」。私は答えました。「不落因果」(因果の法則に落ちることはない)。その途端に狐の身になって五百回も生まれかわりしているのです。和尚の力で救ってもらいたい」と。そしてもう一度老人は同じ質問をした。「禅の修行が良くできた人でも、因果の法則を免れることはできないのでしょうか?」。百丈禅師が答えられた「不昧因果」(因果の法則をくらますことはできない)。老人は和尚の引導香語によって大悟し礼拝して言った。「私はお陰で野狐の身を脱することができました。どうか修行僧が亡くなった時に行うやり方で葬式をしていただきたい」。そこで百丈和尚は寺の裏山で死んだ狐を亡僧法に依って火葬したというような話です。

 これについて、道元禅師はそれをおそらくはあやまりであろうと示されるのです。その理由は、得戒せず修行の経験もない野狐が「亡僧」であるはずがなく、野狐を亡僧と同じようにあつかうようなことは正伝の仏法にはあらずと否定されておられるのです。さらに「たとえ国王大臣であれ、出家者ではない者が亡僧に対する儀礼を要請したとしてもみだりに応じるべきではなく、出家受戒して僧となるように勧めなければならない。仏法の功徳に結縁しようと思うのであれば、すみやかに出家授戒し僧となるべきである」と示されているのです。簡単に言えば、「野狐の葬儀を亡僧と同じように扱うということは非法である」ということでしょう。 「百丈野狐」の公案は野狐の葬儀の話ではなく、仏法の真理を示そうとの公案でしょうから、「在家からの要望があるからといって得戒していない野狐に亡僧儀礼で応じるとしたら法を乱すことになる」との教示に思うのです。


 宗門の葬儀では「仏戒を受くれば、即ち諸仏の位に入る」と授戒を根本とします。そして宗門では最も重要な儀式として「授戒会」を位置づけているのです。いわゆる得戒なければ仏子ではないのですから、生前中に得戒の無かった在家信者に対して仏戒を授け仏の子(みこ)と為すは曹洞宗の葬儀の眼目です。「戒名」とは本来なら生前授戒によって授与されるべきではありますが、生前に授戒の縁が無かった方に、葬儀に際して授戒し付与しているのが現在の宗門の在家葬法であると言えます。授戒の時に渡す血脈の表書きには「仏祖正伝 菩薩大戒」と記されています。観音様や地蔵様と同格の仏教求道者として拝み、共に菩薩道を歩もうという儀式です。得戒の意義を忘れて「没後作僧」という言葉で自信を無くしたり、「授戒」の意義を軽んずることのないように念じること切です。

 世俗の葬式批判とは「葬る」ことに対しての批判ではなく、葬儀を主催する宗教者側の問題として大きな反省が必要でしょう。「法」は正しく伝承されなければなりませんが、しかし、信者の外護がなければ教団は成立しえないところも無視はできません。
 インドでは釈尊をはじめとして、出家は在家信者の為の儀礼を司祭していなかったそうです。信者は釈尊や仏教行者から心安らかに生きる道を学び、日常儀礼はバラモン僧を呼んでおこなっていたらしい。布教的立場から見れば、仏教には精神性の高さはあるものの、インドで仏教がヒンズー教に吸収されてその立場を弱くしていったのも故なしとはいえないでしょう。
 永平寺においても「三代相論」と呼ばれる紛争が起こり、波多野氏の外護を失い永平寺は外面的には荒廃した時期があったと伝えられます。曹洞宗の仏法が今に相続されているところのものは、瑩山禅師や峨山禅師、明峰禅師をはじめ多くのお祖師さま方が全国に道元禅師の宗風を在家に広められたからこそでありましょう。菩薩道としての教化をはかられた儀礼は長年の間に実に洗練され現在に至っています。

鳴子町町営牧場

 ところで、あるお師家さまは、「葬祭は商売だから大いにやるべきで、それで教団を維持しながら、我々は一生懸命に坐禅すればよろしい」と言われたそうだが「商売」というのは「俗言」すぎる。葬祭を商売にするのであれば「商売坊主」でしょう。坐禅の境地が高くて葬祭というものは本来関係が無いのだと見下げるようならば、その態度をこそ慎むべきであろうと思う。葬祭は便法であり本義は坐禅であると言いたいのでしょうが、そんな安易な表現をするから彼の仏教評論家から「葬式・法事は坊主のする仕事にあらず、法事の慣習は徳川家康と天海による檀家制度、その上にアグラをかいた坊主による非仏教的行事である」などと揶揄されるのではないでしょうか。
 道元禅師は「世務は仏法をさゆとおもへるものは、ただ世中に仏法なしとのみ知りて、仏中に世法なきことをいまだしらざるなり(正法眼蔵辨道話)」その大意は−世間のいろいろな務めは仏法をさまたげる、世法には仏法はないなどと簡単にかたずけてはいけない。仏法というは一切法である−−ということでしょう。
 −− 出家的方向に精進した僧侶ほど、檀信徒の宗教心に訴える力もあり、修行力を身につけた僧侶ほど、霊をホトケに化す力を具えていると思うのです。

 古来より、曹洞宗のお葬式とは「三帰戒」を授けて、仏の子として成仏を願い送る儀式です。本来、戒名というのはこの「仏戒」を受けた証の名号です。信士や信女・居士、大姉号などの位階とは出家名ではなく在家のままで御仏に帰依する者の為の授戒名なのです。「没後作僧」ではなく、在家のままで仏道を成ぜんことを願うものです。曹洞宗では生前の授戒会をもっとも重要視するところですが、この授戒の縁が無かった人に対する「授戒」が宗門葬儀の眼目です。仏祖が葬礼儀式を通じて「正法」を伝えられた原点を改めて思いを致したいと思うものです。
 もし、葬式仏教が批判され問題となるとすれば、それは、葬祭儀礼を司祭する僧侶の資質の問題ではないでしょうか。葬儀形式もどんどん変化する今、「法灯」を正しく未来に伝える為に何を大切にしなければならないかを感応道交すべきと考えます。

 法事とは「首楞厳経」に「諸々の一切の難行の法事を行ず」とあるように、本来は教化・修行の仏教行事すべてを指す言葉です。青年仏教会で行われている「緑蔭禅の集い」の坐禅会も、歳末助け合い托鉢も、地域社会への行事参加も、恵まれない諸国への協力事業も立派な法事のはずです。 
 故に、葬儀を催行する宗教者は、葬儀、仏事は「一切法の禅」「威儀即仏法の禅」として修していかなければならないでしょう。人の死という人間にとって最も悲しい時に、人生の無常と懺悔、正しい信仰のあり方を伝えられた歴代祖師方の「こころ」を切に研鑽し直したいものです。いうまでもなく、生活が派手で無慈悲な僧侶、世間的な有功徳価値観の僧侶であるならば、釈尊の原点に還って修行し直さなければならないことは申すまでもないでしょう。


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