エスタ船


 
停船命令に従い、大人しく停泊していたはずの船が唐突に動いた
ガルバディアの軍船は、すぐにその動きに気付いた
「どうしますか?」
相手は先ほどまで従順な態度を見せていたただの輸送船だ
大した事は出来ないし、する度胸も無いだろう
大方積荷が惜しくなり、これ幸いと逃げ出しただけの事だ
積荷は惜しいが、積荷は規定量は既に接収した、私の個人的な取り分は無くなるがそれは大した事ではない
それよりも、今はこの生意気な船に誰を相手にしているのか教えなければならない
「捨てておけ」
今現在の状況を素早く確認すると、彼は部下に素っ気なく命じた

船の上が俄かに活気づく
船の中へと隠れていた兵士達が姿を現し、代わりに船員達が船の中へと姿を隠す
船の構成員が鮮やかに切り替わり
操舵室の奧に隠されていたシステムが顔を覗かせる
きびきびと働く兵士達の手により、停止していた機能が動き出す
ただの輸送船から軍船へ
外観はそのままに、中身だけが入れ替わっていく
『戦いを始める訳じゃないぞ、あくまで通り過ぎるだけだからな』
喜々として船を操り出した彼等に注意の声が飛ぶ
「充分理解しています」
「銃撃戦が行われている所に飛び込むんだ、それなりに準備が必要だな」
注意の言葉を心底楽しげな声が打ち消していく
あちこちで上がる同意の声にウォードが肩を落として見せる
いつもと変わらない光景には、余裕さえ感じられる
勢いをつけて船が船首を返した

目の前には垂直に切り立った崖が見える。
外からの侵入を拒む様に張り巡らされた、鋭い岩壁
そう多くはないけれど、過去に数回側を通った事があった
その時はなるべく早く通り過ぎる事だけを考えていて、こんな風にじっくりと観察するような事は無かったけれど、それでもこの場所が切り立った崖に囲まれていて、船が通ったり停泊したりすることは出来ない事は知っていた
けれど、今この船は切り立った崖に向かって躊躇うことなくぐんぐんと進んでいく
少しだけ不安に思う私のすぐ傍で、甲板を今までと変わらない調子で彼等は行き来している
………今までよりも、少しだけ忙しそうに見える
停泊する為のロープを持ち出したり、些細な打ち合わせをしている人の姿がある
彼等の様子が意味するのは、もうすぐ船が泊まるという事
まだ、港は見えない
さっきよりも、切り立った崖が近づいてきている
少しだけ不安を感じて、説明をしてくれる筈のあの人の姿を探す
―――姿が見えない
いつのまにか傍に現れるその姿がどこにも無い
なんとなく、ため息が一つ零れ落ちた
崖に向けて進んでいた船の速度が遅くなっていく
甲板に居る人達の顔が明るく変わる
もう心配はいらないっていう、安堵の表情
手を伸ばせば岩壁に触れそうな距離で船が止まった
「ほら、扉が開くぜ」
すぐ後ろから、ここ数日で聞き慣れた声が告げる
慌てて振り向くと、さっきまで居なかった筈の彼がすぐそこに居る
「見てないと見逃すぞ」
そう言って、指をさすのは岩壁
釣られて振り返った先で、音もなく岩壁が消え去った
……え?
ぽっかりと口を開けた空間の奧に幅の広い水路が続いている
再びゆっくりと船が進み始める
「ようこそエスタへ」
目を見張るエルオーネの背後で、笑いを含んだ声が言った

「船がっ!」
突然悲鳴の様な声が響いた
「何事だ」
と問うよりも早く、前方に横から一艘の船が割り込んで来る
砲撃手達の独自の判断か、彼以外の誰かの命が下ったのか、銃撃が止まる
現れたのは先ほどの輸送船
「こんな所で何を……」
口をついた悪態は、不意に感じた軽い衝撃に途切れる
僅かに遅れて、銃撃の音が響く
事態が把握出来ずに、辺りに沈黙が訪れる
その隙をついて目の前を輸送船が悠然と横切っていく
そして、ひときわ大きな衝撃
数拍の間を置き、船の計器がすべて停止した
 

 To be continued
 
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