英雄と犯罪者(2)
エスタ国、市街地
仕事の関係であったり、個人的な理由であったりするが、エスタ都市以外にも、ごく少数ながら人が生活している
彼もまたそんな一人だった
彼は、一家で首都エスタにほど近い平原で暮らしていた
若者はエスタへと出ていき、年老いた者も生活の快適さを求めてエスタへと移り住む、そんな、エスタに程近い小さな村が彼が住む村だった
その夜、彼が仕事を終え帰宅すると、家の中はもぬけの殻となっていた
はじめは近所の家へ出かけているのだろうと思っていたのだが、どうも様子がおかしい
彼は、慌てて近隣の民家へと向かった
そして…………
数十分後、彼は職場であるエスタ国軍へと飛び込んでいた
「あ〜?村人がごっそり消えた?」
事件のあった翌日、ラグナは執務室でその話を聞いた
何人かの役人が室内外を歩き回る
話している内容を別にすれば、いつもと変わらない至って平和な光景だ
「そのようだ、詳しい事は、ウォードが聞きに行っている」
「聞きに行ってるって……なんか、解ってる事はないのかよ……」
ただ、いなくなっただけでは、気になって仕方がない
…まあ、聞いたら聞いたで、結果が気になるんだろうけど
「今の段階ではたいした事は解ってはいないが、昨日の朝までは、住人は元気に生活していた、しかし、夜になりある一人の男が帰宅すると、家には誰もいなかった、慌てた彼は近隣の家に飛び込んだところ……」
「そこにも誰もいなかったって訳か……」
「そういう事だ」
村かぁ……
ラグナは以前一度だけ立ち寄ったことのある村の様子を思い浮かべた
場所柄もあるのか、若い者もいなく(すぐ近くにエスタが存在するためだろう)かといって、年老いた者もいない、そんな村だった
村人が消える、これが個人の事ならば………
「………家出なんて言うような年でもないよな……」
……個人でも家出はないか
一時的に逃げ出したくなる、なんていう事もあまりないような気がする
それが元々のものなのか、ラグナの影響なのか定かではないが、エスタの国民性は至っておおらかだ
「する必要もないだろう」
「だな…………」
どうも穏やかではない気配を感じる
……悪い予感ってのは、案外当ったりするんだよな……
詳しいことは、ウォードを待つしかない
「ま、案外モンスターが出たから避難してたってだけかもしんねぇ〜しなっ」
「…………それは、“だけ”とは言わないな……」
村をモンスターが襲ってきたというならば、普通は大事だ
「そう言われるとそうなんだけどよ……」
村とは言っても、エスタの誇る科学力のお陰で、モンスターに対しては万全の備えがなされている
………大騒ぎになりそうだ……
自慢のシステムが通じなかったとしたら、きっと、一部の科学者はものすごい騒ぎを巻き起こす
一番騒ぐだろう人物を思いだし、げんなりする
そんな事はあり得ないとか言い出すんだろうな
そして………
新たに妙な物を作り出しかねない
「ちょーっと、かんべんして欲しいかな」
キロスが机の上に書類を積んでいく
ラグナの独り言はしっかり聞こえただろうに気にしたようすもない
もう、この話題は、終りって事らしい
ま、詳しい事もわかんねー以上気にしても仕方ないしな
ラグナは、おとなしく書類に向かった
それに、ウォードが来るまでの辛抱だし
きっと、ウォードの事だから、何か解ったら直ぐに知らせに来るだろう
……にしても、なんか、今日は書類の数が多くねぇーかぁ?
目の前に書類が積み上がっている
優秀な補佐官達が大抵の書類は処理している為、ラグナの元まで回ってくるものは少ないはずなのだが、どうも今日は回ってくる書類の方が多いらしい
ため息をつきながらラグナは、書類を一枚手に取った
「じゃ、なにか、村人ってのは、さらわれた可能性が強いってのか?」
ラグナは、ウォードと一緒にやってきた兵士をまじまじと見つめた
「はい、村の様子を見る限りでは、その可能性が強いということに……」
兵士の言葉に同意するようにウォードが頷く
報告だけでは足りないと考えたのか、ウォードはわざわざ現場へと出向いていた
部下が近隣の村や車でエスタへと向かう人々へ聞き込みをしている間、ウォードは現場の様子を念入りに調べていたらしい
実際にウォードが調べたということは、ラグナにとってそれだけ信頼性が高い
「って言ってもなぁ、いくら小さな村だって言っても、人数はそこそこいたよな?」
数人しか住んでいないならば、そもそも“村”と呼ばれる事もない
「20人程ですが……」
規模は小さいといいたかったのだろうが……
「だよな?普通、20人もの人間いっきにさらって行けるものか?」
これが、バスや列車等といった移動する閉鎖空間、というならばそれも可能だろう、だが、今回は、村とはいえ、個別の閉鎖空間(各家)の集合体に存在した20人程の集団だ
「確かに、それだけの人間を連れ去るというのは、考えにくいな」
『だが、現場を見る限りそうとしか思えない』
ウォードの言葉にラグナとキロスは顔を見あわせる
「いったい、どういう状況なのかね?」
「争った跡が、残ってたりするのか?」
確信した様なその言い方に、二人は同時に疑問を発していた
「はい、巧妙に隠してはいるようですが、幽かに争った跡が残っている個所が見つかりした」
争った跡、か……それもわざわざ隠している
少なくとも人間であることは確実の様だ
「家の中か、それとも……」
「室内外のどちらにも、住民の抵抗の跡が残っています」
中と、外か……
考えられるのは、人が活動している日中に事件は起こっただろうということ
「室内、というのは、すべての家屋で見つかったわけではない、かな?」
「はい、一部の家屋にのみ抵抗の後が見受けられました」
一部、か……ってことは、人質に取られたな
ラグナの視線先でウォードが同意するように微かに頷いた
「で?他に何か気づいた事、あるんだろ?」
「ええ……これが、大変重要かと思うのですが…………」
キロスが、側にいる補佐官達に目で合図を送る
補佐官達は心得たように、窓や扉の外を確認し、しっかりと戸締まりをする
この警戒厳重な執務室に入ってこれるものはいないが、大事な話をする前の一種の行事のようなものだ
「対モンスター用の防衛システム等、数種のシステムが、根こそぎ奪い取られました」
!!
「ちょっとまて、防衛システムだって?」
エスタ国内には、“月の涙”以来、数多くの狂暴なモンスターが住み着くようなっていた
もちろん、定期的にモンスター討伐部隊を各地に派遣してはいるが、エスタ市街の様にある一定の造られた空間ではない、自然の大地ではなかなかモンスターすべてを殲滅させる事もできず、かといって村々を危険に晒したままにしておく訳にもいかない為、対モンスター用の防衛システムを開発し、各村々に設置していた
「…………あれを持っていったって?」
あれは確かに使えるシステムだが
「はい」
「確か、あれを使える人間は村人の中にはいないと記憶しているのだが」
確認するようなキロスの言葉
「ええ、あれは、ある一定以上の知識を有しない限り動かす事はできないはずです」
側にいた補佐官の言葉にラグナ達は黙りこんだ
ってことは………
『そのレベルの能力を有する人間というのは、たかがしれている』
確実にそのシステムを動かせる者
一般の者には複雑でも、ある程度の知識を有するものであれば至極簡単なシステム
「国内の科学者の所在を確認してくれるかな?」
「はっ」
キロスの言葉に兵士は敬礼を返すと、大急ぎで走り去った
「ってなると、組織ってことか……」
報告された、国内の科学者の所存は、不明のものは存在しなかった
そして、数十人の人々を連れ去った状況を考えるに、複数の人間による犯行である事も予測できる
なんらかの目的と技術力を持った組織的犯行
「さて、まだ当日の科学者の行動がすべて判明した訳ではないが……」
犯人の一人がいないとは限らない、とそう続けようとしたらしいキロスが黙り込む
そうなんだよな……技術力って言ったって……
「うちのとこの科学者で、そういうタイプってちょっと考えつかないよなぁ?」
問題児、と認識されているオダインでさえ、その対象からははずれる
どちらかというと、自分達の興味のある事を研究し、新しい物を作り上げる事に喜びを見いだしている、逆に言えば、自分達が快適に研究を続けられる状態であればあまり状況にこだわらない
人間的常識に問題あるのは、オダインのじいさんくらいだしな
『エスタ国内でそういった人物がいるとは少し考えられない』
技術者が反政府組織に自主的に参加していたと考えたとしても、村人を襲うとは考えられない
ただの通りすがりの犯罪者の犯行だとしたならば、上記の条件に見合った者がそう簡単にいるとは思えない
なんの技術も持たない村人をさらう利点
「向こうが何を考えているのか、ちょっと想像がつかないよな」
人質として、身代金を要求するならば、要求が来ていてもおかしくない程の時間は経過している
村人そのものが必要だったというのならば………
わかんねぇーな
「急いで調査するしかあるまい」
エスタ国上層部は、密かに慌ただしく動き始めた
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