英雄と契約
(契約)


 
すべてが一瞬の出来事だった
戦っていたはずのG.F.の消失
召還されたはずのG.F.が現れない
傷口が塞がり、怪我が回復した
……流れ落ちた血さえも元に戻ったかのような感覚
手にしていた抜き身の剣が鞘に包まれていた

遠い時空の果てで、彼は静かに呼吸する
忘れかけていた感覚
人と契約を交わすと言うこと
――――――――
彼の耳に呼びかける声が聞こえる
G.F.達の声
彼は自らの身体を分断したときと同じように、その意識を分断する
3つの意識、3つの身体……
人間の元にあるのは、何十分の一の自分
かつて自分たちが存在していた場所
存在していた世界へ身を落ち着ける

辺りを包む静寂
周囲を照らしていた仄かな灯りさえも消えている
お互いがお互いに問いかけの視線を向け
自然に二人の視線が合う
………………………
不自然な沈黙
「………」
ラグナが口を開こうとしたその時
―――我、汝を認めん
辺りに厳かな声が響いた

我、時空の果て、汝の行動を見守らん
我、姿を変え、汝の力とならん
脳裏に響く厳かな宣言
―――我、ここに契約の証を示さん
脳裏に浮かび上がる一つの名前
目に見えない、触れることのできない契約が完了した

仲間達の姿が見えない
なおも聞こえる遠い呼び声
―――戻れぬか…………
長い年月の末、帰り道を見失ってしまったもの達
彼が人の世で過ごし眠りについてから
生き物の気配のしないその土地で、果てしない時間が流れていることを知った
契約を結んだ人間の1人から、不自然な形で仲間の気配を感じる
……歪んだ契約
長い年月の間に契約の結び方さえも歪んでしまったのだろうか?
彼は彼を呼ぶ声を手繰り寄せる
同時に歪んでしまった契約を正常な状態へ戻していく
仲間達が帰ってきた

意識の片隅に感じていたG.F.の存在が感じられない
それでいて、G.F.をジャンクションしている感覚は変わらずそこにある
視線を落とした優美な剣、新たに出現した鞘が仄かに熱を放つ
伝わってくるのは何者かの意志の力
そして、脳裏にあふれ出す知識
遙かなる昔、人々と共存し、生きてきたG.F.
彼等は人々を見守り、人々を助けた
やがて、身体を休めるためにG.F.は深い眠りにつき
年老いた彼のために新たな決まり事が取り決められた
彼が示す試練をクリアしたモノのみに力を貸すと

だが、その存在は長い時の果てに忘れられていた
神殿の周囲に現れたガーデアンは、決まりを守らぬ人間達に向けた彼の怒り
人々がおそれ、逃げ去るために設けられた脅し
この地より外に出ることは無く
この地に足を踏み入れなければ襲いかかる事もない
極めて安全で、物騒なニンギョウ
知識の流れが止まる
G.F.から切り離される知識

―――――
周囲に仲間達が帰ってくる
契約は正常な状態へ
人の側にあるのはほんの何十分の意識
本来の契約に不自然な同居は存在しない

彼が、時空の向こう側へと消えていくのを感じる
彼が、一振りの剣の中に身を沈めていく
身体が、精神が暖かく包まれる感覚を覚える
彼のG.F.は場所を変え姿を変えすぐそばにいる
不思議な感覚

彼は自らの居場所を定め、身動ぎする
一つは昔と同じように、契約者の中に
一つは、自らの肉体より生まれた一振りの剣の中に
契約者の元に残す己の一部
違和感無くとけ込む感覚
契約者が己を呼び出すその時まで、彼は静かに目を閉じた

「……戻るか」
長く、短い時の末ラグナがスコールへと語りかける
「……………」
示されるのは、声に出さない同意
静寂に包まれた神殿内をゆっくりと歩き出した
 
 
 

 
 
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