英雄と契約
(スパイ)
彼は青ざめた表情で、狭い路地を歩いていた
背後に何者かの気配を感じる
さりげなく後ろの様子を見ても、誰もいない
初めての経験に神経が高ぶっているためだと思った
だが……
何度も感じる視線
気のせいではない
決して自分の視界に入らない人物がいる
何度目か視線を感じた時、それが真実であることを確信した
背中を冷たい汗が流れる
人通りの無い路地、背後から初めて足音が聞こえた
彼は、無意識の内に足を速めた
同じ速度でついてくる足音
彼の神経は限界に達し、脇目もふらず走り出していた
まだ人気の残る室内に周りを気にしながら入ってきた1人の男……
その様子は、隣室の隠し部屋へと向かったキロス達に見守られていた
テーブルの下を覗き見
周囲の様子を調べ……
呆れかえるほど基本に忠実なその姿は、背後に何者かが存在する事を伺わせる
室内を歩き回り、一つ一つ手に取り確認している
数十分後
男は室内に仕掛けていた録音機を手に部屋をそっと出た
さり気なさを装いながら男は、職員達と会話を交わしていた
見つかったばかりの遺跡の話
うんざりした様子の女性職員を前に、自分の考えを熱く語っている
―――――なぜ、エスタの学者達が遺跡に向かわなかったのか
―――――かの遺跡が危険だと知っていたのではないか
「……それに―――」
「なに馬鹿な事を言ってるの、エスタの学者だって現地に向かった人間はいるのよ?」
尚も続けられようとする男の言葉を彼女の怒鳴り声が遮った
「始めから危険だなんてわかっていたなら、封鎖するに決まってるじゃないの!」
「ほんとに知らないのかな?」
含みのある言葉
「何が?」
「遺跡の事さ、本当に何も知らずにいるのかな?」
……そんな風には思えないんだ
重要な秘め事をうち明けるかの様に男がささやく
「知ってる訳ないじゃない」
「なぜ、そう言えるんだい?」
男の目が妖しい輝きが帯びたように見えた
数時間後、入手した情報を手に急ぎ足で帰路についた
「あれでよろしかったのでしょうか?」
わざとつかませた、偽の情報、真実の情報
矛盾する形で用意された情報
「よくやってくれた」
キロスの言葉に彼女達は安心したような笑みを浮かべる
あちこちで交わされる合図、外へと急ぐ人の影
手のこんだ追跡が始まった
いつの間にか聞こえなくなった足音、感じなくなった気配
それでもなお、彼は周囲を気にしながらエスタシティを出る
人目を気にしながら歩く先は…………
巨大な街の麓、影に隠れた部分
砂漠の上を彼はよろめきながら歩いていく
一心不乱に歩くその後方に数人の人影
歩みに乱れた砂地の上を、決して見つかることなく歩いていく
大地の奥深く、小さな建物の中に男が入っていく
無言で交わされる合図
キロス達は、音もなく建物を取り囲んだ
建物の中には数人の学者風の男達
身を翻し逃げ出そうとする男達
そして………
逃げようとする男達は他の者に任せ、キロスは、静かに立ちつくす女の元へと走った
口元に薄く浮かぶ笑み
次の瞬間、くぐもった声を上げ、彼女は地面へと崩れ落ちた
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