英雄と契約
(エスタ SideL)


 
問題の遺跡は、人里離れた辺境の地とはいえ、エスタに存在する
古代の遺跡発見のニュースに世界中の学者達がその地を目指した
むろんその中にはエスタ国内の者も数人混じっていた
……………そう、数人………
実際遺跡のある場所へと出向いたのは、名も知れていない自称学者な人間ばかりだった
ほとんどの者は、重要であるはずの遺跡の元へは向かっていなかった
モンスターの大量発生
そのニュースが広まったとき、人々の脳裏に浮かんだ言葉があった
エスタの学者達は、遺跡の存在を知っていたのではないか?
各国の学者達の間からそんな声がささやかれていた

―――エスタ、中枢部
疑問に思った各国の学者達の間から、問い合わせが殺到していた
「…国内の学者にはお年をめした方が多いものですから………」
落ち着き払った様子で説明をする女性の姿
「……ええ、あのような奥深い場所へ向かうには下調べをしてからと思った方も多かったようで……」
困ったような表情を浮かべ、のんびりと語る声
「あの地に関して記された文書ですか?」
複数の声が重なり合う
「さすがにあれほど古い時代のモノは存在しておりません」
重々しく告げる言葉には真実味があった………

途切れる事の無い問い合わせの電話の音と声の中
部屋の片隅でキロスはその様子を静かに見つめていた
受け答えを終えた責任者がゆっくりと近づいてくる
扉を開け、奥の部屋へと進む
キロス達が部屋の中へと消えた後も、問い合わせの電話はひっきりなしに鳴り響いている
何度も繰り返される同じ質問、同じ答え
うんざりしたような人々の中で、ただ1人、2人が立ち去った扉を見つめる人物がいた

重く閉ざされた扉がすべての音を遮断する
「……さすがにこの状態はまいりました」
一呼吸分の間を置き、愚痴とも報告ともつかない会話が始められる
その裏で……
音をたてずに筆談による会話が続けられる
疑問、問いかけ、確認
雑談を続けながら、秘密裏に続けられる会話
「しかし、危険があるかもしれないからと言って調査するのを止めれば、それはそれで、独占するつもりだと文句が来ただろうし、実際に危険があったらあったで、こうなる事を知っていたんじゃないかと文句が来る……」
『それで、実際に書物はありましたか?』
「………そういうものだ」
『そういった類のモノはいまのところ見つかっていないようだ』
「こんな面倒なモノ、何もエスタで見つからなくても良かったでしょうに……」
『幾らエスタが歴史があるといっても、それほど昔から存在している訳ではありませんしね』
「学者達に聞かれたら、まずいのではないかな?」
『その通りだ、それにアデルの時代に消失してしまったモノも多い』
「それは、そうかもしれませんが、古代遺跡が見つかった事で良かった事など、一度もありませんしね」
皮肉に満ちた声の調子
彼が本心からそう思っている事が分かる
筆談の手が止まる
煙草を取り出し火をつける
「その通りだが、それが通用しないのが、学者というものだ」
キロスの口元に笑みが浮かぶ
それに気づいた彼が照れたように頭をかく

『そんなモノが見つかったってろくな事にならねーんだ』
遺跡発見の報告を受けた時のラグナの言葉
投げやりな言葉に、熱を帯びかけた空気は急激に冷え込んだ
記憶の奥底に沈め忘れようとしていた過去の記憶……
遺跡発見を喜ぶ雰囲気は、霧散した
状況を説明する声が淡々と響く
『勧告しておいた方が良いな……』
不用意に近づかないようにという勧告の言葉
反対する者は誰1人として居なかった

紙へと点される微かな炎
つけたばかりの煙草と共に灰皿の上に捨てられる
「……モンスターの被害が出ないことを祈ってますよ」
「その辺はすでに手を打っているはずだがね」
決して炎が燃え上がる事のないよう調整され
やがて燃え尽き灰になる
「それでは、戻りましょうか?」
扉が開く音
キロスは燃え尽きた灰をすべてかき集め、ポケットの中へ入れる
後に残ったのは、煙草の吸い殻が一つ
そして、静かに扉が閉じた

数分後、研究者風の若い男が、さりげなく部屋の中へ入ってきた
 
 

 
 
次へ その一方で? 学者風の男?