英雄と幻影
(終焉)


 
足音が聞こえる
迷いもなく近づく気配
私は姿勢を正し、扉の正面へ控える
もうすぐ訪れる終焉の時
とくん、と心臓が音を立てる
この不思議な感覚は、期待という名の感情だった?
胸で組んだ手が震える
2人分の足音が、扉を隔てて止まる
私は目を閉じ、心を静めようとする
喜んではいけない
命を終える日が来た事を喜んではいけない
扉が軋んだ音を立てて開く
二つの人影
「お待ちしておりました」
私は、彼等へと丁寧な挨拶を送った

彼女の言葉にスコールは視線を落とす
待ち望んで居たといった風情の声の響き
彼女は運命を知っているのだろうか?
「……遅くなったな」
感情を殺した声で、ラグナが返答を返す
すっと、大きく踏み出された足
ラグナの表情からも、感情は伺えない
彼女の口元に不思議な笑みが浮かぶ
「コレは返すぜ?」
ラグナの左手から、棒状の金属が弧を描いて放たれる
スコールが持たされたモノと同じ煌めき
「……………」
彼女は、計ったように手の中に落ちたソレをどこか不思議そうに見つめている
ラグナの右手が、剣を引き抜く
刀身が光を反射して、青く輝いた

彼女は、お姫様は戦闘技術なんてモノは持っていない
そう思えば、彼女を殺す事は簡単な事だろう
誘う様に抜いた剣に、示される無意識の反応
彼女の手の中に抜き身の剣が現れる
だが、今此処にいるのは、守られるだけの存在じゃない
望む事無く身に付いた力
教わる事無く覚えてしまった技術
背後でスコールが動く気配がした
強く感じる緊迫した気配
彼女の周囲に、魔法のきらめきが見える
血の代価
「……スコール」
問いかけに、スコールは小さく頷く
彼女を包むのは、G.F.の残滓
重なり合った偶然
「そっちの方は任せるぜ」
彼女に溶け込んでしまったG.F.の方はスコールに任せよう
どっちみち俺には見えねーし
どういう理屈かは判らないが、G.F.の協力が無いと彼女を守る存在が見れない様だ
ってな事が知られたらまた怒られるんだろうけどよ
ラグナが誘うように、身体を引くとほぼ同時に、軽い音と共に、スコールが足を踏み出していく
さぁ、最後の戦闘の始まりだ
想いに反応するように、手の中の剣が質量を増した

くるくると彼女の手の中で、形を変える
殺傷力のあるソレから
戦いには役に立たないものにまで
次々と形を変えていく
ソレは、彼女の意思
彼女へ向けて残された想い
一呼吸毎に姿を変える武器が相手では、踏み込むタイミングが掴めない
終わりにしたいという願いと、守り続けたいという誓い
長い歳月、幾度か訪れた機会が生かされる事の無かった理由、か……
仕掛ける為の呼吸が読めない
2つの意思が複雑に絡まり合っているのが原因
「少しばかり、厄介だな」
距離を置き剣を構え、ラグナはどこか悲しげな笑みを浮かべた

彼女の周りを巡るG.F.の力の残滓
牙をむきかけた力が、突如収束する
強固な守りを巡らせるソレが、不意に消失する
法則性の無いそれは、タイミングが計れない
いっそのこと、戦略を考えずに攻撃のみを仕掛けるべきだろうか?
ちらりと移した視線の先には、距離を置いたまま動かないラグナの姿が見える
……なんとかするだろう
打ち合わせなくとも、きっとラグナなら適当に対処する筈だ
スコールは剣を握る手に力を込める
意思を持つ筈のそれへ、持てるだけの力を注ぐ
やり方がコレで正しいのかなんて事は判らない
自分に“力”があるかどうかも知らない
けれど、とりあえずは思い描くイメージのままに行動を起こす
刀身が淡い光を帯びる
引き寄せられる様に、スコールは足を踏み込んだ

世界が壊れる音が聞こえる
“私”という存在の為だけにあった世界
絡まった力
重なった偶然
何処へ行く事も出来ずに閉じこめられた空間
あまりにも長すぎる時間に、忘れていた真実の数々
蘇ってきた記憶に、頬を涙が伝う
「早く逃げて」
沈痛な面持ちの彼等へと私は声を掛ける
せめて、彼等が自分達の世界に帰る迄、私は意識を持っていなくては
重い鎖から解放してくれた彼等を同じ目に遭わせる訳には行かない
「世界が壊れる前に、早く」
私の声に少年が、踵を返す
それとは逆に、私の側へと近づく人影
「ラグナ?」
引き止める為に伸ばされた手を優しく押しとどめて、私の隣へと跪く
耳に寄せられた唇
「――――――」
声を潜め囁かれた言葉に私は目を見張る
すぐさま立ち上がり、身を翻した後ろ姿
――待って
と言う言葉を私は必死で飲み込む
「おいっ」
振り返る事無く足早に歩き去る彼を少年が追いかけて行く
少年が、一度だけ足を止めこちらを振り返った
遠ざかっていく気配
横たわり目を閉じた私の側に、巨大な影が出現した
 

 
 
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