英雄とパンドラ
(指令)


 
「何かありましたか?」
どこか落ちつかず、緊張をはらんだ空気に、私は側を通りかがった人へと問いかける
「え?ああ………」
相手は私の姿を確認して、安堵したように息を漏らす
彼は確か大統領付きの補佐の一人
「それが少し重大な事態になった」
私へ向かい声を潜め、辺りを確認した上で耳打ちする
「………それは緊急事態かもしれませんね」
彼から告げられた言葉に、私は表情を厳しくする
「手は打ってあるのですか?」
問いかけながら私は彼の言葉に含まれていた言葉を元に情報を引き出す
不吉な気配を持った幾つかの単語
その言葉が示すのは、嫌悪を抱く様な様々な現象
「大統領の命令で、各機関に警戒する様指示は出ている」
「………警戒、ですか」
他に手を打つべきでは?
という私の視線に気が付いたのか、彼はゆっくりと深く頷いて見せる
「大統領自ら、現地に確認に向かっている」
「状況確認後改めて指示が来るという事ですね」
私の言葉に彼は同意を示し
「あなたにも大統領から何か指示が来るかもしれません」
彼が一層声を潜める
「承知致しました」
彼は私が何者なのか知らない
私が何者であるかを知っているのはカレだけ
………うすうす気が付いている人は他に何人か存在しているようで、目の前にいる彼もその一人のよう
気が付いていても、誰も何も言わない
問いかけ、追求する様な事は一切しない
彼が一礼し、足早に立ち去っていく
“ルナティックパンドラ”
“月”が落とした狂気の欠片
私は“私”の中に蓄積された様々な情報を検証する
「実際に確認しなければなりません」
呟いた私の言葉を耳にした者はいない
カレからの連絡ならば、私はどこに居ても受け取る事が出来る
最も効率の良い行動は………
不意に前方から騒がしい声が聞こえてくる
独特の声と口調
私は足を止め道を変える
この声の主に“今”会うのは得策ではない

人気の無い通路で私は立ち止まる
そっと触れた壁の中、機械が伝える振動を感じる
触れた手の平から私は情報を送り込む
小さく作動音が聞こえる
新しいデータが送り込まれてくる
詳しい状況が取得できるのは………
私はエスタ軍本部へと意識を繋ぐ
幾つもの情報の中から、最新の情報を私の中へと取り込む
映像化されたモンスターの姿は、通常の状態ではあり得ない光景
「明らかにおかしな現象ですね」
“ルナティックパンドラ”、不吉な場所
私はほんの少し考えた後、“エスタ軍”に対して一つの指令を紛れ込ませた
ただの研究員に過ぎない“フィーニャ”という存在に不審を抱く者が居ないように……… 
 

 
 
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