福舟鉱山の歴史と概略


まず、福舟鉱山について昭和30年2月発行の山形県鉱山誌(史ではない)を
ベースにしてその概略を説明します。
所在地は 尾花沢市福原と舟形町長沢の両所に登録されています。
採掘鉱種は 金、銀、銅、鉛、亜鉛 と多種にわたっておりますが、
金が採掘されたのは
最上藩による採掘時代だけであったようです。
ただこの時代の記録は不明です。
結局、最も多く採掘されたのは銅でした。

鉱業権者は 東京都千代田区丸の内1−2 福舟鉱業株式会社 になっています。
鉱山位置は舟形町と尾花沢市との境界の名木沢川の上流で海抜300メートル位の
場所となります。
はっきりした事実は昭和13年11月30日から森 通久氏が銅、鉛、亜鉛の黒鉱を発見し
17年1月から三菱金属鉱業株式会社との共同経営の形態で運営されたようです。
19年6月一時休山、昭和23年6月再開、銅が毎月150トン前後売鉱されたようです。
30年1月からは福舟鉱山株式会社となり採掘が続きました。
鉱石の運搬は選鉱場から一度尾根まで、巻き上げ機で運びあげ、
馬車が通る所まで
搬送し、そこから馬車で長沢駅の方に運搬していました。
いつまでこの鉱山が経営されたのかは現在(平成12年1月)不明ですので、
雪が融けたなら
もう一度現場に行き、関係者から事情を聞いてみたいと思っております。

廃墟は南面を向いている



残っている土台



方の道は尾花沢方面へ向かいます。


以上が福船鉱山の現在の姿であります。
なお、この現場一帯は、現在も管理はされており鉱毒に対する防護処置がきちんと
行われていました。

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