山形は周囲が山です。当然に鉱山資源はたいへん豊富でありました。
この鉱山資源を日本中の山を巡って探していた集団がありましたが、
特に奈良時代に大仏建立のために使う金(きん)を求めて多くの人間が
僧侶の姿で日本中を探し廻った話は有名です。
このような民を山人族と呼びました。いわゆる山師です。
弘法大師もこのような山人族の一人だったと考えられます。
彼が地面や岩を杖で突くと湯が湧き出たという言い伝えが多くありますが
これも彼が山人族と考えれば肯けます。
ちなみに羽黒山の山伏や役の行者の小角(おずぬ)のような人は全て山を
徘徊していた民びとをルーツにしているとのことです。
さて、このような予備知識を持って山を眺めてみると一段と違った山の風景が
見えてくるはずです。
今回は寒河江市と大蔵村肘折温泉との間にある永松鉱山を幸生(さちう)部落の
方から訪れてみました。
寒河江を出発し西に月山に向かい進みます。
10Kmほど進むと睦合地区になりますが熊野川(ゆうのがわ)が112号線を
横切る地点からこの熊野川に沿って北上します。
5Kmほどで幸生の部落となります(ここ幸生にも幸生鉱山がありました)。
ここが人家がある最後の地点となります。
あとはひたすら狭く曲がりくねった山道を10Kmほど登ると峠となります。
この峠が十部一峠です。峠の頂上は十字路に近い地形となっています。
この峠に立ち、北を向いて右に進めば村山葉山の頂上下近くに出ます。
一方、左の方に下る狭い道がこれから行く永松鉱山跡地への道です。
この辺の光景が次の写真です。
もっと近づいて標識を見てみましょう。
ここからは延々と九十九折りのダート道となります。急ブレーキをかけると
ズルっと滑りますから(砂利が被さっている)ゆっくりと進む必要があります。
なお、下の方で砂防ダム工事をしているためにここはダンプの通り道ですので、
平日は避けた方が良いようです。
次のような橋が出てくると目的地はすぐです。
この下の川(銅山川)の水はものすごくきれいです。橋の上から魚(・・・教えない)が
泳ぐのが見えます。
この橋を渡り切った所で右に曲り、川に沿って下っていくと次の広場に出ます。
ここが永松鉱山で働いていた人たちの集落の中心部でした。
多くの人たちの生活の場だったわけで一人一人の人生の染みこんだ大切な土地と言えます。
広場の片隅に水が湧き出ていました。この水が本当にうまかった。
とりわけ暑いお盆の日でしたので私は何杯も何杯もお代わりをしました。
この広い空間に私一人しかしないのです。音は一切無く見渡しても誰もいません。
ここは丁度山あいのすり鉢状の地になっており、周囲は切り立った山で囲わ
れている空間となっておりなんとなく圧迫感があるのです。
そのような空間にただ一人いるということは不気味な雰囲気を感じるのです。
おそらく、この地では様々な人間模様があったと思いますが、
そのような人間間の葛藤が怨念となってこの地に留まっているような気がしました。
何も分からないが居るだけで何となく感動を感じてしまう地でありました。
ここ永松鉱山で働いていた方がこの地に立てばきっと多くの思い出でいっぱいになること
と思います。
では、現在残されている鉱山の様子を紹介します。
周囲を見渡したときに目に付く最も高く険しい山の姿です。
その麓に鉱山独特のズリ山が見えてきます。
このズリ山を正面から見てみます。
ズリ山の頂上に日章旗が翻っているのですが分かりますか?。
この地よりも西側には色の違った鉱滓の山があります。おそらく成分が
異なっているのでしょう。
これらの鉱滓は生き生きとしていて今にも動き出しそうな気配すら見せています。
次の写真はこの中央広場の南側の光景です。この広場から鉱山へ行くときに
渡ったであろう橋が朽ち果てて草木の中に埋もれていました。
さて、日も傾いてきました。急いで帰らなければなりません。
携帯も届かないので、もし車が故障をしたらと考えるとゾッとします。
また来ることを周囲の自然に約束をして鉱山跡を後にしました。
振り返ってみるときれいな川の流れが見送ってくれていました。
この川の下流が肘折温泉だと思うと、ここから肘折りまで踏破したくなりましたが
今回はひたすら帰りを急ぎました。
[資料編] 山形県鉱山誌(昭和30年2月発行)より
鉱山名 永松鉱山
発掘鉱種 金、銀、銅、鉛、亜鉛、硫化鉄鉱
鉱業権放棄 昭和46年8月11日
採掘量 粗銅を大正5年 813トンが最大量
昭和24年 150トン
所在地 永松鉱山 最上郡大蔵村字永松
幸生支山 寒河江市字幸生
鉱業権者 東京都千代田区丸の内 古河鉱業(株)
歴史 発見は約500年前。なお平家一族の隠れ場所探しの過程で発見との伝承もある。
少なくとも300年の歴史はある。
規模 最盛期の人口は3000名、当地に寺院も3寺院あった。
私の高校時代の畏友 鉱山の専門家 松田 博之氏がこの永松鉱山について詳解をしている
資料があるのが分かりました。この資料を詳解すれば私の記事よりも更に詳しく理解出来ます
ので関心のある方は次のページにリンクして下さい。
松田博之氏資料へのリンク
高橋 英二氏HPへのリンク
高橋氏は永松鉱山を生まれ故郷にして現在まで活躍されている方です。
さすがに氏の永松鉱山の解説は迫真力に満ちています。ぜひ、訪れてみてください。