冷静な瞳


 
×年□月○日
第1回世界首脳会談
ドール公国にて……………

キロスの1日は、予定の確認で始まる
そして、このエスタで首脳といえば…………
「これは、一騒ぎおきるな」
この日、キロスの1日はいつもより早めに始まった
 

まだ人が出歩かないようなそんな早朝、キロスは大統領官邸の前で静かにたたずんでいた
その様子はさながら、日溜まりの中で瞑想する賢者、といった風情か……
………それも、日射しさえ差しているならば……
キロスは、空を見上げ、その内現れるだろう人物を待った

「おはようキロスくん、今日もいい天気だね」
空には厚く雲が広がり、今にも降り出しそうな天気だ
現れたのは、キロスが予測していた通りの人物
「この陽気に誘われて、出かけて来ようと思うんだけど、キロスくんはどうだい?」
逃げ出す為の口実、だが、惜しむべきは、外へ出かけたくなるような天気ではなかったと言うことだろう
「陽気とは言い難い天気だな」
見事な曇り空、陽気どころか、日も射していない
「な、何を言っているんだ、君にはこのすばらしい天気が感じられないのか?」
「まったく感じられんな、観念したらどうだ?」
大きく頭を振り、片手を額に当て、体を2つに折る
ショックを表現したいのだろうが、演技が下手だ
「キロスくん、君には、親友の窮地を救おうという優しい心づかいはないのか………」
わざとらしい大げさな嘆き
そして、いつもの様に言葉を並べ立てるラグナの声は大きくなっていく
「大統領、どこへ行くつもりです?」
やっと気がついたのか、エスタの重鎮達が慌てて走り寄ってくる
「!来たっ、キロスくんっ、頼むから見逃してくれっ」
脇を走り抜けようとするラグナの腕を掴む
「そういう訳にもいかない」
「はっ、はなせ、頼むから、離してくれっっ」
ラグナが暴れるとほぼ同時に、彼等は到着し、ラグナを取り囲むと、ずるずると引きずり歩き出した
「助かりました、キロス補佐官」
「キロスっ、こらっっ、おぼえてろよ〜〜」
ラグナが引きずられて行くに従って、ラグナを取り囲む人が増えていく
「よくわかっているようだな」
人に埋もれてラグナの姿が見えない
「長いつきあいになりましたから……」
第一秘書官である彼は、にっこりと笑う
「それでは、また後でよろしくお願いします」
そう、ラグナはあきらめの悪い男だ
 

要人用のなかなか豪華な広い室内を大の男がうろうろうろうろと落ち着きなく歩き回る
「少し落ち着いたらどうだ?」
「落ち着けっていわれて落ち着けるのならなぁ〜」
ソファーに座るキロスの脇を通り過ぎて行く
「…………」
「『座ったらどうだ?』とウォードも言っているぞ」
キロスの向かいには、ウォードが腕組みをし、落ち着き払って座っている
言葉が聞こえていないのか、聞いていないのか、なおもうろうろと部屋中を歩き回る
「うっ………いかん、緊張してきた」
部屋の中央で急に座り込む
どうせ、また足でもつったのだろう
緊張すると足をつる癖があると言うが、本当に危機迫った時にその癖が現れた事を見たことはない
もっとも、危機迫る場面でラグナが緊張していたのも見たことはないが
うめき声をあげるラグナをちらっと見、別段心配する事もなさそうだと、素早く判断を下す
「緊張することもないだろう、どうせ実際に話をするのは、他の人間だ」
腕を組み、目を閉じる
どうも長いつきあいのおかげか、だいたいラグナの行動が読める
「そうは言ってもなぁ、どうもこういう事は……」
苦手だと言いたいのだろう、そして、こういった公式の席が苦手なのも先刻承知している
だが、始まってしまえば………
平和が訪れた時代に、ラグナがそのまま大統領に収まっていられる事にはそれなりの意味がある
補佐の為に来ているエスタの役人達は、黙々と、資料を揃え、会談の準備をしている
そう、今日は、17年大統領に就任していたラグナの初の外交……
もっとも、この期間、アデルの一件もあり、他国といっさいの関わりを物理的に断っていたのだから初めてであるのが、当たり前と言えば当たり前なのだが……
“エスタ”のということにどれだけの意味があるのか、気づいているのか、いないのか、その本人は足の痛みもとれたのか、再び落ち着きなく歩き出す
「じゃまになる、座ったらどうだ?」
しきりに扉を伺うラグナに声をかける
当然の処置というべきか、部屋の内側の扉の前には、エスタの警備兵が2人ついている
ラグナの性格をよく呼んだこの処置は、ウォードの指示だ
「〜〜〜〜〜〜」
壁際で立ち止まっていたラグナが不意に窓の方へと突進していく
慌てて立ち上がったキロスの目にわらわらとラグナを引き留めに走った人々の姿が映った
窓へ激突する前に見事にラグナは取り押さえられる
“離せ”だの、“見逃してくれ”だのといった声が聞こえる中、キロスとウォードはゆっくりと腰を下ろした
『往生際の悪い奴だ』
「まったくだ」
ウォードの声なき言葉に賛同する
人々に取り押さえられたラグナがようやくあきらめた様にソファーへと座る
「もう、どうにでもなれっ」
「もっと早めにそう思って欲しかったな」
「うっ……」
騒ぎが収まるのを見計らっていたかの用に、ドール公国の迎えが現れた
 

「いやぁ〜、つかれたなぁ……」
無事に会談を終え、帰りのラグナロクの中
「苦手なんじゃなかったのか?」
まさに身も心も解放されたといわんばかりのラグナを見遣る
ラグナ本人以外の予想通り、会談は半ばから、ラグナの独演会となっていた
独演会……単に話し続けて暴走した結果の産物だが、こういった場合は、結果がすべてだ
「俺ってばあんな見事な才能があったんだなぁ〜」
しみじみと一人感じ入っている
「才能よりも、口のうまさの勝利だろう」
隣では、ウォードが何度も頷いている
“ひでぇ”……と呟いて、微笑む
政治家としての条件が、人を引きつけ、言った事を納得させるというのならば、ラグナには政治家としての素質は充分だろう
そして、一般的な政治家の様に、ラグナは自分の利益の為にその権力を使うことがない
上に立つ人物としては、まさに理想的だろう
「ああ!?」
船内にラグナの奇声が響く
「今度はどうした?」
「………みやげ買うの忘れた……」
……………………
「おいっ、野郎どもっ、方向転換だっ!土産買いに戻るぞっ!」
短い宣言をし、迷うことなくコックピットに走り去っていく
ウォードとどうしたものか、と顔を見合わせたところに、大きくラグナロクが傾ぐ
ラグナが無理矢理方向転換でもしたのだろう
予想通り、操縦士の悲鳴が聞こえる
「ダメですっ!!大統領っっ!」
絶叫の様な声があがり、必死でラグナを止めている気配が伝わってくる
やがて、再び元の方向へと向きを変え、ラグナロクは安定した飛行でエスタへ向かって飛び始めた
「……追い出されたようだな」
聞こえてくる“入れろ”の声にため息と共にラグナの元へと歩き出す
「諦めたらどうだ?」
一度立ち去ったラグナロクが戻れば、ドール公国に混乱が起こる事はまず間違いないだろう
「誰か、土産を買ってきてくれっ!」
ラグナの願いが船内中に伝えられるが、空飛ぶラグナロクから、土産を買いに出ていくものなど当然いるはずもなく
いつも通りの騒がしさと共にエスタに向けて、ラグナロクは飛び続けた
 

×年□月○日
ラグナ大統領初外交
途中何度も脱走をはかる
会談は大統領の手腕で大成功に終わる
帰り道、土産の件で一悶着あり

その日の出来事をメモするとキロスの1日は終わる
「たいして変わらなかったな……」
今日もまた、普段とさほど大差の無い1日だった
そして、日常は繰り返される

 

 
END