ある夏の日


 
その日はとても暑い日だった
「ぜんぜん涼しくなんねーな……」
フル回転している冷房の前に立ちラグナは、冷気が来るのを確かめた
「ラグナ君……」
「そこに立たれるとこちらに冷気がとどかないのだが」
「あ、わりぃ」
思わず冷房の前に立ちつくしていたラグナは、未練がましく移動した
「……こんな日は、仕事になんねーよな……」
冷房の効いた室内でさえまとわりつくような暑さ
「いくら暑いとはいえ、外で仕事をしている人に比べればだいぶマシだと思いますよ」
「そりゃ、そーなんだけどな……」
窓の外には、見るからに暑そうな太陽が照りつけている
「こう、暑いと何にもやる気にならねーよな」
ぼやきながらデスクへ戻り、書類の山を相手にする
……………
集中力が持続しない
「今日は適当に切り上げないか?」
いくら優秀な人材であっても、暑さに対抗するだけの気力はなかったようだ
仕事がはかどっていないのが目に見えて解る
「大統領……」
「別に急ぎの仕事もないし、たまにはいいんじゃないか?」
壁一面に大きくとられた窓から日射しが差し込んでくる
普段は明るく気持ちの良い空間だが……
「………でなかったら、この窓どうにかしないか?」
せっかくの冷気が、この窓のおかげですぐに暖められている気がすんだよな
でなくっても、この直射日光ってやつが……
じりじりと焼け付くような日射しが背後から襲いかかってくる
「そうですね……、今日は早めに切り上げましょう」
流石に真面目な役人もこの暑さには耐えられなかったらしい……

「あっついっ!!」
悲鳴を上げて、ラグナは飛び出して来た
そこは、大統領官邸の住居(私邸)部分
先ほどラグナが執務を行っていたその場所から棟続きである為、外を歩く必要がなくここにたどり付くまではさほど暑さを感じる事もなかったが
「あ〜、出かけたのか?」
冷房が止められ締め切られた家の中は、熱気がこもっていた
……しかたねーな………
ラグナは、扉を開けたまま、家の中に駆け込み、冷房のスイッチを入れ、窓を開けて回った
「あっちぃっっ」
触れた窓枠がとても熱い
「……焼けるんじゃないか?」
手の皮が焼けるとかそういう問題じゃなく……
黒い紙とか置いてたら火事になりそうだなよな
……警戒するよう言っといた方が良いかもしんねーな
考えるラグナを熱気が襲う
どっちにしろ、涼しくなるまで近づかない方がいいかもな
連絡を取る為に、窓を開け、冷房を効かせたまま、ラグナは歩き去った

「もう涼しくなったよな」
観光客が倒れただのといった、トラブルが起こりラグナが戻ってきたのは、だいぶ時間がたってからのことだった
玄関の扉を開くと、涼しいとは言えないが、随分過ごしやすくなった空気に触れる
開けっ放しの窓、扉……
外気が流れ込み、冷気が逃げ出している
「まだ暑いな……」
ま、開けてったんだから、冷えるはずもないか
外を歩く人の姿は全く見えない
……エルも帰りが遅いだろうな……
きっと、幾分涼しくなってから、夕方頃にでも帰ってくるだろう
窓を閉めながら、家中をぐるっと一回りする
「その内涼しくなるだろ……」
キッチンで冷蔵庫を開け、冷たい飲み物を取り出し、飲みながら窓を閉める
キッチンのドアを締め最後にリビングへと向かう
「ん?」
………なんださっき閉めたか?
ヒヤリとした心地よい冷気が体を撫でる
入り口から覗いたリビングは、しっかり窓が閉められている
「こりゃ、暑さでぼけたかな?」
ため息と共に扉を閉め、まだ生ぬるい空気の中ラグナは書斎へと向かった

静かな室内に電話の音が響き渡った
「な、なんだ???」
本に意識が取られていた為に、ラグナはとっさに何が起こったのか、気づかなかった
あ、電話か……
電話に手を伸ばし、日が落ちている事に気づく
『おじさん?』
「エルか?なんかあったか!?」
返事をする前に聞こえた声にラグナは慌てて姿勢を正す
『私は何もないけど……おじさんちゃんとごはん食べた?』
「へ?」
………昼食じゃねーよな??
『……やっぱり忘れてる………』
電話でもはっきりと解る程大きなため息をつかれる
忘れてるって……なんかあったか?
『今日、帰られないだけど……』
帰れない??帰れないって………あ……
「……今日だったか?」
確か、合宿があるとか……
『そうよ……1人だからって手を抜かないでちゃんと食べてね?』
呼ばれたのだろう、慌ただしく電話が切られた
「………しゃーねーな」
面倒だけど、言いつけ通り作るとするか
食べなかったとか言ったらおこられそうだしな……
ため息を一つ付き、ラグナは、キッチンへと向かった

材料を切り終え、使った包丁を片づけようと振り返った瞬間、脇に置いてあったやかんが音を立てて落ちる
「おわっ!」
声を上げてそれを避けて………
………か、空で良かった
ため息をついて片づける
自分が使っていた時とは鍋の配置が変わっていたり、見たこともない調味料が増えている
「壊したりしたら怒られるだろーな……」
小さく呟くと、慎重な手つきでラグナは料理を再開した
1人で暮らしていた時期が長い為、料理がつくれない訳じゃない
数十分後、ラグナはのんびりと鍋をかき回していた
「ちょっとつくり過ぎたな……」
適当にぶちこんで、煮込んで………
調子に乗って作っている内に、気が付けば大鍋一杯に料理ができあがっていた
「ま、できたもんは仕方ないよな」
……明日も食えば良いことだし……
経験が長いからと言って料理がうまくなる訳でもないらしい
「………こんなもんだろ……」
エルも料理がうまいからな
出来上がった料理は決して美味しいとは言えないものだったけれど
食べれるし、良い事にしとくか
スプーンをくわえ、大きな深皿に料理を盛ってラグナはリビングへと向かった

リビングのドアを開けた姿勢のまま、ラグナは呆然と立ちつくしていた
室内には、居るはずのない人の姿
ここ、エスタだよな……
「………何やってんだ?」
苛立った様なスコールの声
……何ってな……それは、俺の言葉じゃないか?
スコールが座る向かいのソファーへと腰を下ろす
「……いつ来たんだ?」
言いたいことは、それこそ、ここで何やってたんだ?なんだけど……
それを言うとまた誤解されそうだしな……
「………昼に……」
は?昼??
……まさか………
「家中が開いていた、不用心じゃないか?」
家中って………
「いや、それは少し換気してただけ……」
………閉まっていたリビングの窓……
あの時からいたって事か……
ラグナは、がっくりと力を落とした
なんか用事があってきたんだろうけどさ………
無駄な時間すごしちまったな……
あの時間から今までスコールと話ができたかもしれない
「……………」
用事が終わったら直ぐ帰ってたかもしれないけどな……
「……………」
もし、直ぐに帰ったとしても……
自分からここに来たってだけでも大進歩だしな
ラグナはそう自分を納得させ、覚悟を決めて腰を落ち着けた
ま、過ぎた事はしかたないとして、とりあえず……
「お前も、食うか?」
スコールが話やすいように、そしてほんの少しの望みを込めて、ラグナは、食事を勧めた

返事をするまでの、緊張の時間
夏の1日はまだ終わらない

 

  

END