再訪


 
幾度か通った場所
馴染んでいた筈の店内
ステージに置かれた古びたピアノ
カウンターの中に立つ、バーテンダーの姿
さほど代わり映えのしない装飾
「あなたは………」
約20年ぶりのこの場所は
懐かしさを思い起こさせるのと同時に、寂れた空気を放っていた

年を重ねた彼は、私達の事を覚えていた
忘れられていたとしても不思議は無いが
考えて見れば、あのラグナ君の事を忘れる者が早々いるとは考え難い
彼は、良くも悪くも、記憶に残る男だ
その彼と共に居た私も、どうやら一括りで忘れられない人物という者になっていたらしい
こういった店の人間らしく、よけいな事は何一つ聞いては来ない
ラグナがこの場所に帰らなかった訳も
私達が、突如この街から姿を消した訳も
お互いの口から語られる当たり障りの無い話
次第に話が遠い過去へと移行していく
この場所で、繰り広げられた数々の出来事
何も持たないただの若者で、未来に不安を抱く事も無く
毎日が無事に過ぎて行く事に疑いも抱いて居なかっただろう頃の話
光を遮る造り、人々を照らす人工的な灯り
静かな音楽が店内を流れる
ぽつりぽつりとバーを訪れる客の姿はどこか疲れて見える
不意に途切れる会話
低くざわめく客の声
「………楽しかったですね」
しみじみと零れ落ちた言葉、遠い時間を懐かしむ眼差しが見えた

夜の闇の中に浮かび上がる数々の建物
「あれが、デリングシティだ」
教えられる声とほぼ同時に、アナウンスが入る
デリングシティまで、残り僅か
「とりあえず、キロスさんの所に行かないとな」
言葉の後で零れ落ちるため息
窓の外に巨大な都市が広がっていく
「……心当たりは……」
「在るような、無いようなってところか……」
視線が空を彷徨っている
考えてみれば、キロスさん自身も長い間訪れた事が無い国だ
辺りの様子が一変していても不思議はない
けれど………
スピードを落とした列車の音が、やけに大きく聞こえる
「そっちこそ、どの辺で落ち合うとか………」
………無線で連絡は取れるんだろうか?
「打ち合わせてたら聞かないな」
思い悩むスコールにオルロワの声が虚しく響く中、列車がホームへと滑り込んだ
 

 To be continued
 
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