英雄とモンスター(1)


 
長い戦いが終わってから数ヶ月
月の涙の影響も、エスタ市街においては、影を潜めていた
むろん、影響が全くなくなった訳ではなく、一歩街から出れば、未だモンスターが各地にはびこっている
だが、街中のモンスターは一掃され、エスタは、それ以前の静かさと、平穏を取り戻していた
それに伴い、運営を停止していた各施設も次々と復興を果たし、人々は、以前の生活を取り戻していた

――――エスタショッピングモール――――
エスタ国軍の1兵士である彼は久々の休暇を満喫していた
モンスターが街中に現れなくなって、すでに1ヶ月、ショッピングモールでは、大勢の人々が買い物を楽しんでいる
その中でも、もの珍しそうに辺りを見渡す人々が目につく
観光客が多いな……
エスタの沈黙から17年、魔女の危険も去ったところで、先頃国を覆っていた障壁も消され、大陸を結ぶ鉄道の運行も開始されていた
他国との交流が始まってから解った事だが、エスタ以外の国々では、これほど技術が発達していないらしく、自分たちには見慣れた光景が観光客にとっては、すべてがもの珍しく映るらしい
一部の物見高い人々は、その噂を聞きつけ、まだ街中にモンスターが出現する非常に危険な時から、危険を考慮せずに訪れ、自分達兵士の手を煩わせた
モンスターが一掃されたと言う情報を聞きつけてか、最近の観光客の量は一段と増えている
その観光客の多さに誘われてか、日頃店先に立つことのない店員や店主が慣れない客引きを行っている
ここ数週間のショッピングモールは、今までない程賑やかだ
これまでの騒ぎで顔見知りになった者達と挨拶を交わしながら、特に目的もなく歩く
平和なのはいいことだよな
彼もまた買い物に訪れるエスタの人々と同じように、単に平和を実感したかっただけなのかもしれない
月の涙以降、街中のモンスターの討伐に駆り出され、なかなか休暇もとる事が出来ず、つねに緊張を強いられていた
久しぶりの休暇、久しぶりの街
心地よい開放感
ほんの1ヶ月前までは、たとえ休暇がとれたとしても、武器を持たずに行動する事はできなかった
休日にモンスターが襲ってきて、休日を返上した同僚もいた
空には綺麗な青空が広がっている
賑やかに観光客の一団が通りすぎていく
「あー、平和だな……」
全く武器を持たずに歩く事ができるのが嬉しい
「今日は休みかい?」
知り合いの店主が、和やかな挨拶をする
「やあ、今日もいい日和だね」
彼に笑い掛け、穏やかに話をする
「最近は……………」
ごく普通の雑談、こんな風に話しをするのも久しぶりだ
以前は、いつモンスターが襲ってくるかも解らず、ピリピリした雰囲気がつきまとっていた
「そう言えば……今日何かあるんだって?」
呼び止められれば、早くモンスターをどうにかしてくれという依頼ばかりだった
「ああ、生き残りがいないかどうかの調査の予定だ」
「モンスターの生き残りかい?」
店主の言葉にその通りだと頷いてみせる
「きっと、もういないだろう」
明るく笑う店主と別れる
楽しそうな子供達の声が聞こえる
そういえば、子供の声を聞くのも久しぶりだ
危険だから外出を禁止されていたのだろう
改めて見てみると親子連れの姿も多い
和やかな雰囲気を満喫し、彼はのんびりと通りを歩いていた

昼食を取りに入った喫茶店で2階窓際の眺めの良い席につく
眼下では、買い物客がゆっくりと歩いていく
一つ一つの店を楽しむ様に立ち止まる
何かを思い出した様に引き返す
目的の物だけを求める殺伐とした光景が見られなくなった
彼は、そんな光景を見るともなしに眺めていた
日射しが差し込み、眠くなるようなそんな陽気

視界の隅を何か異質なモノが一瞬通り過ぎて行った
音を立てて立ち上がった彼に店内の人々の視線が集まる
確認できたソレに、彼は、呆然と見入る
“キャーーーー”
ソレに気づいた人の悲鳴
「ばかな………」
連鎖的な悲鳴が聞こえてくる
眼下では、人々が逃げまどう
二度と忘れることなく、記憶に焼き付いた姿
「一掃したんじゃなかったのか……」
人々が集う街中にゆっくりと数匹のモンスターが姿を現した

 
 
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