英雄と墓標
(願い)


 
危険が迫っている
すぐそこまで私達の命を奪う程の危険が迫っている
「早く部屋の中へ、決して出てきてはなりません」
そう言われたお母様の厳しい顔
一番奥の広い部屋
この場所へ辿り着くまでに、少しずつ減っていった彼等の姿
「大丈夫です」
彼等が残したのは“大丈夫”という言葉
ええ、大丈夫
きっと大丈夫
そうでなければ、あの方達が―――
―――なんて恐ろしい言葉
浮かんできた言葉を私は必死で振り払う
きっと大丈夫、恐ろしいことは何一つ無い
きつく目を閉じた私の身体にそっと寄り添う温もり
「大丈夫よ、なにも心配いらないわ」
目を開けた私の瞳に飛び込んできたのは不安そうな顔
だから、私も後に残った彼等と同じ言葉を囁く
私自身へ言い聞かせるように

危険を感じる
強く強く感じるのは、どうしようもない程の不安
時折、扉の外に居るお母様の声を聞く
扉の外の方々と交わす会話
―――大丈夫
そう言うけれど
私もそう思ってはいるけれど………
私の中にある何かが警鐘を鳴らす
どうしようも無い不安を感じながら、私は必死で微笑む
この気持ちが伝わらないように
―――この不安が真実へと変わらないように

気配が変わる
この地に満ちている穏やかな気配が消えていく
遠くから感じる緊迫した気配
逃れることの出来ない危険
私の不安が当たってしまった
扉の外からお母様の声が聞こえる
身を守る様に告げる声
私はそっと私の膝の上を見つめる
隠しましょう
身を潜め
守りましょう
私はそっとポケットの中を探る
手探りで触れたガラスの感触をポケットの中から取りだした

「あなたは生きて」
遠くから聞こえてくるざわめき
どんどん近づいてくる死の影
「あなただけは生き残りなさい」
幾度と無く呟いた言葉
部屋の片隅に設置された、金属製の容れ物の扉が閉じる
―――何があっても、あなただけは守ってみせる
脳裏を巡る言葉の数々
私が打ち込む命令に合わせて、動き始める装置
訪れるのは長い長い眠り
決して壊れる事のない作られた機械の中で、生命を止めた長い眠りが続く
―――あなただけは………
音にはならなかった言葉
―――大丈夫、私が、私達が守ってみせます
複雑に造られた精巧な仕掛け
幾度も浮かぶ言葉の中で、私は必死に機械を操作する
床が動き、壁が動き、まるで金属が溶けるようになくなる
深く遠い場所で入れ替わる機械達
ピーー
小さな音が部屋の中へと響く
最後の仕掛けが作動した合図
現れるのは強固な棺
簡単に破壊することは出来ない身を守る為の棺
私はその中で眠りにつく
だから大丈夫、何があっても―――
私は機械へと手を伸ばし最後の情報を打ち込む
この仕組みを解除する為に必要な情報
それは、生きた私達の情報
そして、誰も生き残ることが出来なかったその時のために………
これできっと大丈夫
「眠りから目覚めた時には何もかもが終わっているわ」
だから目覚めたら平穏な時を過ごして………
それが私の願い、私達の願い
私は笑顔で、棺へ収まる
眠りへと誘うガスが流れる
―――なんの心配もいらない、その時が来るまでゆっくりおやすみ

 
 
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