いつもよりほんの少しだけ早く訪れる就業時間
  官邸内を走って横切る人影
  呼び止められて、慌てて急停止
  簡潔な返事を返して、今度は足早に歩き出す
  帰ってしまえば、よほどの事がない限り、呼び戻されたりしないから
  よけいな仕事を増やす前に
  よけいな仕事が回ってくる前に
  こんな日くらいは、明日できる事はすべて明日に回して
  帰ってしまおう
いつもより少しだけ早い帰宅
  『今日は早く帰るからな』
  朝食の席での真剣な宣言
  何が起こるか解らない
  だから、罪悪感を抱いたりしないように
  『期待しないで待ってるわ』
  って、期待はせずに
  でも、内心ほんの少し期待して
  笑って送り出した
  そして、早く帰ってくることを前提に、早めの準備を進める
  やがて訪れる就業時間
  時計の針が重なるろうとする時、電話のベルが鳴った
 扉の前、大きく深呼吸をして息を整える
 背後に位置する扉の向こうから聞こえてくる人々のざわめき
 時計の針は、退社時間を少し回ったばかり
 手を触れる前に大きく開け放たれる扉
 「おかえりなさい」
 扉の内側に揃った家族の姿
 「ただいま」
 呆然とつぶやくと、可笑しそうな笑い声があがった
 優しい家族の時間の始まり  |