魔の甲州(口臭)街道

 今回の登場人物「社長さん」は、とてもバイタリティのある方でした。
 ひょんなことから知り合いになり、お世話になりましたがとても中身の濃い数年間を経験させていただきました。ところが、2年ほど前病気のため亡くなりました。春秋のお彼岸には必ずお参りさせていただいております。


学生服屋の社長さんはとても個性のお強い人であった。
いろいろなエピソードがあるが,代表的な例を紹介します。
出身は山形県。
小生が新潟県なのでなんとなく同郷というイメージがありました。
東北人に見られる独特の粘りのある性格が仕事面で成功している理由かも知れません。
自分でこの商売を始める前は,某有名スーパー(現在は残念ながらダイエーの傘下になってしまったが)に勤めていまし。
その当時に学生服の売場で仕事をしていて,現在の店を始める元になったと聞いています。なにしろ実行力はものすごいものがありました。
こんな大した人物なのですが...

小生が出張採寸を回り始めて間もない頃,一軒採寸し終わるのに30分くらいかかるという話になった時のことです。
社長は10分か15分で一軒採寸するというのです。
さすがは社長だなあ。
やっぱり自分で店を持つくらいの人だから違う。
自分とは何か違う採寸方法を会得しているのだろうか。

社長いわく。
「寸法なんかお客さんに聞いてたんじゃ時間食ってばかりで終わらないよ。自分で判断してそれをお客さんに納得させなくちゃ。」
なるほど...そうなのか。
小生ももっともっと勉強しなくちゃ。

と思いきや。
その後、よーく話を聞いたり,お客さんに言われたりしているうちにわかったことは。
社長の採寸は,ほとんどお客さんの話を聞いていないようなのである。
自分で採寸し,寸法を書き込みそれにあったサイズ見本を子供に着せてみて,サイズを決めてしまっているということだ。
お客さんは口を出すタイミングを待っているうちに採寸が終わってしまうようだ。

ある日,お客様から店に電話がかかってきて,「眼鏡をかけた年輩の方に採寸にきていただいたとき,ネクタイを頼んだのだが,聞いてなかったようなので伝票を確かめてほしい」とのこと。
採寸伝票を確認してみると,お客さんの心配通りにしっかりと抜けておりやした。
学生服のほかに学校で指定されている体育着や上履きなども取り扱っていて,靴1足でも配達を受けていました。
それがまたお客さんの評判を得て,翌年の学生服の売り上げにつながることになるのです。

小生が何回か伺っているお客様から言われた話。
上履きの配達があったのだが都合で社長が他の仕事のついでに回ってくれました。
その家に伺った社長。
でてきた子供に
「はい。じゃズボンを脱いで,このサイズを履いてみて。」と新しいズボンを渡した。
いきなりズボンを渡され,「履けと言われても」と,子供は戸惑うばかり。
確か上履きを頼んだはずだけど...?
そこへお金を持ってでてきたお母さん。
「なっ何をしてるんですか。」
「やっぱりこのぐらい余裕を見ておきませんとすぐにきつくなってしまいますから」と社長。
「うちは上履きを配達して下さいと頼んだんですけど...」
「えっ,ズボンの採寸じゃあ」
「ちっ、違います」
「○○さんですよね。」
「いいえ,違います。うちは☆☆ですが」
「ありあ。」
これは,本当の話です。ハイ。
小生が後日その家に伺ったときに言われました。
まあ、間違いは誰にでもあるものでございますが。


ある日、採寸で伺ったその家に子供の友達が何人か遊びにきていました。
その友達いわく
「僕んちねえ。昨日寸法採りに来たよ」
「俺んちも昨日終わった」
そういえば昨日この付近一帯を社長が回ってくれたのであった。
「そお。ちゃんと採寸してくれた?」
「うん。寸法採ってくれて見本の制服を着てみたよ。」
「ズボンも履いてみた。」
「良かったね。できあがったらまた配達に行くからね。」
「体操着とか運動靴もぜーんぶ頼んだよ。でも来たのはちがうおじさんだった。」
「どんなおじさんだった?」
するとそこにいた友達,声を揃えて

「口のくさーいおじさん!」

そばにいたお母さんもバツが悪そうでありやした。
そうなのです。
社長さんは昼間からにんにくのたっぷりはいったネギラーメンを平気でばくばく食っちゃう人なのでした。


次回「冷える夜は危機一髪」に続く