5人の仲間(後編)

平成2年1月。
横浜駅から歩いて10分くらいのビルの1室。
写植教室が始まり、結局は説明会の5人が全員再会した。
なにはともあれ、もう後戻りはできない。
やるっきゃない!頑張ろう!

その時の教室が(何期生かは忘れてしもうたが)丁度先生の交代の時で、今まで60期位教えてきたU先生からT先生に引き継ぐ事になっていた。
U先生はこの教室を交代して、某写植機メーカーの教育部門担当になるという。
今回は引き継ぎのため後任の先生と二人で教えていただく事になっていた。


T先生はU先生に比べると写植の知識も豊富ではなく、教えるのは初めてのようであった。U先生が随時顔を出していろいろフォローしてくださった。
最初は文字盤の配列を覚えるための訓練として、漢字の部首名による振り分けを暗記する事から始まりました。その道の人は、「ああ。あれのことか」と思い出す「一寸の巾」という奴です。苦労したねえ、全員共に。
この年になると記憶力も衰えがちで大変な事でありんしたよ。
教室に通う電車の吊り広告の漢字を拾っては、どこの部首分類に入るかを必死で暗記したものでした。
毎日授業の最初に、分類のテストをやるんだけどなかなかできないのよね。やっとの思いである程度暗記し、文字盤のなかの漢字の位置を覚えてきたある日。


今日からその文字盤の裏返しコピーを使って文字位置を探すようにと指示が出よったよ。
ありぁ、ありぁ。また最初からかい。
でも良く考えてみると、実際の作業の時は裏返した文字盤を見ることになるんだそうだ。なるほど。あっけなく納得し、またまた苦労が始まった。
この教室で版面(業界では、はんずらといいます)の基礎的な知識をきちっと覚えたことが、後になってものすごく役に立っています。
写植の場合、「歯送り」という言葉を使いますが、歯とは歯車の歯の意味で、数値の単位を歯車1個分に数えるのである。
1歯=1Q(0.25ミリ)である。
文字の歯送り数の計算は、しっこい程繰り返し繰り返して教えてくれました。
それは今、版面の設定をするときなどに非常に大切な知識として、自分自身の財産といってもいいくらいです。
その意味で写植教室での勉強はいい試練だったと思います。


しかし実技の方は1ヶ月通ってすらすら文字を打てるようになったかというとそうではないのです。最後のほうで、文字入力の試験をやりました。
1時間に原稿の文字を何文字入力できるかという速さと正確さの試験なのですが、たいしてできなかったのです。
1時間で、ひらがな主体の文字500字くらいだったような気がします。
確か全員が標準に及ばなかったようなと思います。
でも本当に自分の身についたものは、もっともっと大きな何かだったんだと今ではおもえるのです。
1ヶ月の教室も残り少なくなってきた頃。
修了後の就職先が大きな問題になってきました。
先の決まっているHさんは別として、男4人はいろいろ情報を交換しあったり、U先生に求人情報を見せて頂いたりして話し合いました。
どうもいろいろ情報を分析してみると、組合加盟の写植屋さんはあまりいいところがないみたいなのです。


第一に待遇が悪い。
組合の加盟よりも、U先生が内緒で持っているデータにいろいろな会社があり、小生の方面でも相模大野の会社もあった。メーカーの印刷機械の関係で求人データがあるらしい。
一番若いT君が、事務所に内緒で会社の面接に行きました。U先生の紹介なのだが、一般社員の扱いで給料も普通であるという。写植の技術を磨きながら給料は普通にもらえるのだから、いい話であった。教室の途中でその会社に入社しちゃうなんて話になったが、先生が説得して結局教室の授業は最後まで通うことになった。
まあ彼はそこに決まりだろう。
小生もうかうかしてはいられず、新聞の求人広告やら求人雑誌を買ったりして探していたところ、見つけたよ。よさそうなのが。


求人広告を作成している相模原の「求人案内発行会社U」と、藤沢の印刷会社「T」。
Uは、毎週新聞に折り込まれてくる「N求人」という求人広告を発行している。
小生が勤めていた学生服の店でも時々パート募集の際には利用しておったのでなんとなく親近感があった。
手動写植のオペレーターが職種で、勤務地は相模原である。年齢的には40歳までとあったのだが、41歳の小生駄目かしらん。
電話で聞いてみたところとりあえず面接して下さるとのことでした。
面接地が新横浜のアリーナ近くのビル。


その日の午前、教室を休んで新横浜まで出かけました。
横浜にも新しく開設するようで、その新しいビルで面接はありました。まだ社員はおらず、担当の方だけ待っておりました。ひととおりの説明を聞いた後、担当の人のいうには「私共の会社は若い人が多い会社です。若いゆえに言葉使いなども不十分で、結構きついことも言います。自分よりもずーっと下の人からなんだかんだと言われて我慢できますか?」。
「えーっ、そりゃ、おめー。」
「俺だって人間だもの。たぶん頭にくると思うよ。」
「でもそんなことを言うくらいだから、よっぽどひどいんだろうな。すこし考えてみよ。」
担当の方も「もう一度、冷静に考えてみたらどうですか」と言っているような気がして、その場を失礼しました。


やはり40代は就職難の感じがすこーしばかり・・・。

次回「新たなる目標に向かって」に続く