英雄と契約
(検索 SideL)


 
人が足を踏み入れる事の無い地下
秘められた場所に、一つの書庫が存在していた
滅多に使われる事のない古い棟の、更に奥底に秘められた書庫は
ほんの一握りの人間しかその存在を知らない
エスタ建国以前からの書物が納められた場所
大統領に就任後まもなく教えられたこの場所に足を踏み入れるのは初めての事だった

薄暗い書庫の中に小さく明かりが灯る
ラグナの手に持たれた古風なランプの明かり
小さなランプの明かりが、書棚にならんだ書物を照らしていく
まだ新しいモノ
背表紙の文字がかすれて見えないモノ
様々な年代の書物が雑然と並んでいる
「……この中から探すのかよ?」
昔アデルの手から守るために急いで隠された書物達は、何の関連もなくただそこにある
これはちょっと無理かな……
ため息で灯りがゆらゆらと揺れる
「ここにあるって分かってるんならともかくな」
探しに来た代物は、存在するともしないともわからないモノ
灯りを掲げて見渡した範囲には、びっしりと書物で埋められている
「結構広いな」
こういうモノは気長にやるってのがセオリーだけどな……
進むべき場所も定まらないままに、ラグナは奥へと歩き始める
気長にやってるだけの時間なんてないだろうな
遺跡から一番近い村の住人から、嘆願書が届いている
近いといってもだいぶ距離があるから大丈夫
……などという言葉は、彼等の身になれば通用するものではない
古い書物の匂いと、炎が燃える匂い、石造りの床を歩く音
暗い部屋の中を照らすランプの明かり
まるで、遙か昔に迷い込んだみたいだな……
歴史さえ忘れられた昔
伝説として、おとぎ話としてかすかに伝えられるような時代
そんな時代に生きているような錯覚
揺れる炎の明かりの先に、幻影が見える気がする
「……まいったな」
足を止め、声を出し、錯覚を振り払う
歪む炎の先にほんの一瞬違和感を感じた
足を止め、周囲をじっくりと照らし出す
なんの変哲もない、書棚、石壁
気のせいだったか?
確かに何かがあったという確信を感じる
数メートル引き返し、辺りを注意深く観察しながらもう一度歩き出す
ほんの一瞬の光の反射
これか?
石壁の中に、微かにとらえた金属の輝き
近づいた壁の中に意味ありげに埋め込まれた金属の欠片
僅かな躊躇いの後、ラグナの手が触れた

人が一人何とか通ることができる入り組んだ通路を抜けると、一台の巨大なコンピューターと古い羊皮紙に書かれた数十冊の書物が厳重に保管されていた
狭い空間
奥まった箇所にランプを置くための台がある
ランプを置き。背後を振り返る、入り組んだ通路は灯りを外へ逃がさない
……これは確かに発見するのは難しいだろうな……
ラグナは関心しながら巨大なコンピューターへと近づく
積もった埃、ひどく汚れた機材
……見たことのない型だな
ラグナの手が静かに埃を払う
不思議な光沢を放つ金属の輝き
中央に彫られた紋様
視線が天を仰ぐ
最近、セントラの遺跡で似たようなモノを見かけた
……セントラ製だよな……
とりあえず、使ってみっか
微かな音を立てて、コンピューターが起動した

ディスプレイに膨大な数の書名が並ぶ
書庫に納められた本の書名、配置
数々の情報が瞬時に表示されていく
あらゆる方面から検索可能なデータベースは、ラグナの求めに応じて数冊の本を表示させる
大した技術だよな
この場所が、十数年前に造られたモノではないことは早い段階で気がついていた
ただ古い時代のモノなら感心するだけで済んだ
だが、コレがセントラの遺産だとすると話は違ってくる
「厳重に封印しないとなんねーな」
本が納められた場所をメモしながら、ラグナはつぶやく
失われた文明の遺産……
エスタがそれを独占していたとなると、各国との間に軋轢が生じるおそれがある
「どうでもいいようなモノだったら良かったんだけどな……」
ため息混じりのつぶやきが、石壁の中に染み込んでいった

数時間後、なかなか戻らないラグナを探しにやってきたウォードが見たものは
大量の本の中に埋もれるラグナの姿だった
 
 

 
次へ そのころのスコールは?