英雄と墓標
(帰郷 SideL)
ずっと昔見ていたのと変わりの無い光景
いや、少しだけ視線が変わり
少しだけ色褪せ
道を歩く人の顔が変わった
人も少なくなったな
ラグナの口元に、寂しげな笑みが浮かぶ
ゆっくりと道を歩くラグナを、若者達が遠くから警戒した視線で見つめる
そうだ、ここも閉鎖的な場所だった
村の平穏を乱す者
ラグナもまた、この地に押しかけてきた者達と同じ人間に見られているのだろう、冷ややかで突き刺すような視線を感じる
ラグナの口元に浮かぶ小さな苦笑
そうだったな、ここがこういう場所だって事、すっかり忘れていたな
ここに流れるのは、ウィンヒルと似た空気
似たような視線に迎えられ、かつて受け入れられた場所
あの場所に懐かしさを感じたのはそういう訳だったのかも知れないな
先ほどまで外へと顔を出していた少年の報告でも受けたんだろうか、家の中から同じ年頃の男が顔をのぞかせる
―――微かに残る面影
怒鳴りつけようとでもしたのだろうか、言葉を出そうと開いた口が閉じる
「………よぅ」
軽く手を挙げて声をかける
「………そうか、来たか………」
ラグナから逸らされた視線、地面に向かって言葉がこぼれ落ちる
「ああ………」
吐息が零れ落ちる程の小さな返答をし、ラグナは足を止める事無く歩き去る
「すまない」
「あんた達が謝る事じゃないさ」
道の終点に見える一軒の家
「村長が、待ってる」
躊躇うような言葉が背後から追ってきた
歳月を重ねた木々の温もり
気をつけなければ気づかない程さりげなく埋め込まれた金属の欠片
重ねた歳月にもかかわらず、何も変わらない光景
変わったのは代替わりした村長の顔
彼は、ラグナの訪れを半ば予測していたのだろう
さほど驚く事無く家の中へと招き入れ
静かな世間話が幾つか重ねられた
「そうか、エスタに………」
目を閉じた彼が、ゆっくりと言葉を吐き出す
「ああ、どういった訳か大統領なんてやってる」
目を閉じたまま、幾度か頷く
「それもまた………」
ゆっくりと吐き出される吐息
エスタと言う土地
古代セントラの後継者
セントラを引き継ぐ為に生まれた都市
ほんの一瞬浮かんだ表情―――複雑そうな顔
「ま、ソレは良いんだ」
今は、俺の現状はどうでも良い
―――まぁ、まるっきりどうでも良いって訳じゃないけどな、下手すると面倒な事になるだろうし
とりあえず今は………
「そうだったな………」
彼は目をつぶったまま何も語らない
生まれ落ちる静寂の時間
「変わらない様に思えるこの地も変わった、最後の守人が居なくなったあの時から」
ゆっくりと開いた目がまっすぐにラグナへと向けられる
「あの時からあの場所は禁域ではなくなった」
視線が伏せられる
「あなた様がこの地を去ってからは、あの地の事を伝える事さえも無くなってしまった」
これは先代の決定でした
呟くように追加された言葉に、ラグナは思い出す
―――もう忘れてしまってかまわない
最後の日、あの時の会話
「若い者達へは、あの地の事は何も伝えてはいません、ただ古くから在ると、危険だから近づいてはならないとそう伝えるだけです。それでも話をする人の言葉に何かを感じ取ることは出来たのでしょう、ここに住む者であの場所へと近づく者は誰もいなかったのですが………」
セントラの施設、その話を初めに伝えたのは、この村出身の若者だった
「若い者達には、話をする事に躊躇いはなかったのでしょう」
そうだろうな、大抵の話は自分の出身地の話からはじまるんだ
話題に引けそうな出来事、興味を示してもらえる話があれば、そいつを話すのは普通の事だ
「どんな風に話が伝わったのかは、もはや知るすべもありません」
セントラの施設、人の興味を引くには充分すぎる話だ
広まったのはあっという間だろう
「私共が知ったのは、学者達や政府があの場所を取り囲んだ時でしたよ」
淡々と語る彼の声に疲れの色が見える
当たり前か
この地に押しかけた奴等が初めにしたことは、ここに住む人々への質問
様々な応対は村長である彼がする事になったんだろう
―――守人が居なくなったが為に
「大変だったな」
ラグナの言葉に彼は笑みを浮かべて首を振る
「何も大変な事はありません、私もここに住む人たちも何も知らないのですから、何を聞かれたところで答える言葉も持ちません」
何も知らない?
思わず目を見張ったラグナに、村長が言い聞かせるようにゆっくりと頷く
「唯一私達が知ることは、多少なりともあの地の事を知り得た人間は、もうここには居ないということだけです
彼へと向けた視線がまっすぐに絡み合い
「………なるほどな」
互いが自然に笑みを浮かべる
「悪いな、面倒な事になって」
言葉をかけながら、ラグナは腰を上げる
「面倒なことなど何一つありませんよ、むしろ………」
いとまを告げるラグナを見送る為に彼もまた腰を上げる
「帰れらますか、あなたの家へ」
「………当分の間やっかいになるかもな」
開いた扉の外は夜の闇に包まれている
「一つ年寄りの忠告を」
肌寒い風が緩やかに流れていく
「あの地にSeeDが雇われてきています」
「ああ、そうみてぇだな」
「なかなか手強そうでしたよ」
確かに手強いだろうな、あいつは
ラグナは彼と別れ、離れた丘の上に一軒だけ建つ家へと急いだ
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