英雄と墓標
(訪問 SideS)


 
たいした音も立てず、けれどぎこちない動きで扉が開いた
扉の中へ居る相手へ訪問の言葉を告げようとした口が凍り付く
目の前に居たのは居るはずの無い人物
居てはならないはずの人
「ラグナさんっ!?」
ゼルの叫び声にほんの少しだけ目を見張って、そして何事も無いかのように俺達をゆっくりと見渡す
なんであんたがここにっ
今にも怒鳴りつけたい衝動をスコールは必死で押し殺す
「なんで、あなたがここに………」
自分が言ったのかと錯覚するような言葉がすぐ近くから聞こえた
振り返った先には、苦しげ顔をしたゴッパスの姿
「とりあえず入るか?」
ラグナの落ち着いた声が室内へと誘う
「もっとも、二十………何年だ、三十年近くほっといたからな、真っ当なもてなしはできねぇと思うぜ」
微かに浮かんだ感情は、悲しみ?
「三十年?あんたいったい………」
家の中へと消えていく背中に、無意識に足が動く
そのまま引き込まれるようにスコール達は家の中へと足を踏み入れた

長い間使っていなかったという割に綺麗な空間がスコール達を迎え入れる
綺麗だと言っても、かつてこの部屋を飾っていただろう布や紙の類は崩れ落ち
むき出しの外壁をあちこちに覗かせている
座るように促されたこの椅子も何もかも、ここに存在する物質は
幾度か目にする事のあった廃墟とは違う
向こうの部屋から、ラグナがたてる微かな音が響いてくる
確実に音がしている空間の中にあって、静寂を感じる
―――まるで死者の様だ
不意に思いついた言葉に、身体が震える
ここにあるのは無機質な建物だ
死者という表現は当てはまらない
否定に軽く首を振ったとき、ラグナが明るい言葉を発しながら戻ってきた
どことなく空気が和らぐ
唐突に感じる安堵感
「………それで、エスタの人間であるあなたが何故ここにいるんです?」
ゆっくりと呼吸をはき出して、ゴッパスがラグナへと声をかける
かつてのラグナの部下だったという男
未だガルバディアに残席はしていて、それなりに上位の地位を手に入れてはいるが、ガルバディアが嫌いだと言い放った人物
「何故ってな………」
ラグナの声にスコールは自分がその姿を凝視していたことに気が付く
「墓参り」
ラグナの口からこぼれ落ちた言葉にスコールは目を見張った
墓参り?
ここはウィンヒルじゃない
「誰の………」
「隊長、ここの出身だったんですか!?」
いったい誰の墓に訪れるつもりなのかと問いかけるはずだった言葉は、ゴッパスの言葉にかき消された

“隊長”の言葉に、ラグナが彼を問いただして始まった思い出話がようやく終了した
ラグナの様子が、かなりリラックスしたものに変わる
確かに、この人はあんたの知り合いかもしれないが、それでもガルバディアの人間なのは変わらないんだぞ?
「………それで、ここはあんたの家、なのか?」
少しは警戒心を持てという気持ちは確かにある
が、正式な依頼を受けた任務を遂行する以上。あんたを追いつめる事もする
………ラグナが一番警戒しなければならない相手は、俺なのかもしれない
「そうだな………じいさんの家ってのが正確だな」
何かを考えるように開いた間
“家”という単語をラグナが口にしたとき何か心がざわめく
どこか寂しげな表情、ラグナが“家”だと思う場所はどこだ?
ふと過ぎった疑問
「えーと、ラグナさんはここの出身なんですよね?」
ゼルがおそるおそるといった風に口を挟む
「………一応な」
僅かな躊躇、ラグナがガルバディアの出身だっていうのは皆知っていることだ
ここの村の出だと解ることに何の問題がある?
何かを考えていたゴッパスが、僅かにラグナの方へ身を乗り出す
「隊長、一つはっきりさせたいんですが、この家の今の所有者は誰です?」
一言一言言葉を句切るようにして語られた言葉
「ああ、所有者、ね」
よく見なければ解らないほどかすかに浮かんだ表情
「俺だな」
幾度か、納得したかのようにゴッパスが頷く
「それで目的は墓参り、でしたよね?」
「ああ、最近あの場所の事が話題になったからな、思い出したんだ」
静かな声に乗る微かな感情
「その墓参りの相手というのは?」
もう、聞かなくても予測が付く
「………そうだなぁ」
言葉にするのを躊躇うように、ラグナが宙へと視線を投げる
何かを懐かしむようで、痛みに耐えるような視線
レインの事を語るときと、似通った空気を感じて
「答えられないような事なのか?」
気が付けば言葉がこぼれていた
驚いたように向けられたラグナの視線が
「ああ、いやそういうわけじゃねぇ」
柔らかくゆるむ
「そうだな、まず一人はここのじいさんだな」
「一人?」
どこか詰問するようなスコールの口調にラグナは苦笑する
「そうだな、スコールにも関係があるよな」
聞き逃しそうな小さな言葉
考えてみれば、一度も語られたことのない人達の事
「それと、母や兄弟達だ」
居て当然の人の話
静かに伏せられた視線に、悲しさと苛立ちを感じた 

 
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