(始まり Side?)
空に浮かぶモンスターの姿 巨大な球体の中にうごめくその姿はどこまでも醜悪で、見るモノの嫌悪を呼び覚ます ―――月の涙が落ちてくる 月が零すモンスターの群れをそう呼ぶようになったのはいつの事だろう 零れてくるのは逃れようも無い絶望 ―――月によって生まれた絶望が流す涙 月の涙とはそういうもの そして、地に目を向ければ、おびえ逃げる人の姿 「避難は進んでいるか?」 私は怒りを押し殺し、問いかける 怒りの矛先は、遙か昔の罪を再び目覚めさせた者達 価値の無いモノの為に、全ての命を死へと追いやろうとする愚かな者達 「はい、後二日もすれば民の避難は全て完了するでしょう」 眼下に映る人の姿は、依然と変わりの無い数 ならばあそこに見えるのは、そのほとんどが作り物の命と言うことになろう 空に見える月の涙は、もはや零れ落ちる限界 「なんとしても間に合わせろ」 モンスターが零れ落ちる前に、人々の避難を完了しなければならない 民の安全を確保してから、全てはそれからだ あの者達を捕えることも、これから地上へ蔓延ることとなるモンスターたちを始末する事も 「はっ、承知いたしました」 私の命に一礼し、彼は飛び出していく 民を安全な場所へと誘導するために 「………避難の終わる頃を見計らい、私達も移動する」 この部屋に残ったのは、私と私に仕える一握りの者 これから先、長い戦いに赴く者達 「了解しております」 覚悟を決めた男の目に、私は深く頷き返す 「それまでわずかの間、英気を養うが良い」 私の言葉に、笑みが浮かぶ 気遣いなどであるものか これが気遣いであるはずが無い 「それではしばしの間、出かけて参ります」 常ならば、私の護衛という仕事があると、任務時間の間は側を離れない男がそう言い、退出していく 部屋の中から消えていく気配 やがて、私はこの部屋に一人となる 不意に訪れる静寂 部屋の中にも、外にも、物音が聞こえない いつも聞こえていた人のざわめきが聞こえない 私は口を退き結び、空を見上げる 頭上を覆い尽くすように見える月の涙 この地へ滅びをもたらすモンスターの姿 だが、人々の滅びまでは迎えさせぬ もしあの者達がモンスターを操るすべを持つというならば、それは好都合 モンスターが、避難した者達の所へは行くことがないように、出来うる限りの足止めを そして、あの者達の殲滅を ………後の世が平穏であるように 私は剣を手に取り、入念な手入れを始める 私はもはやこの決定に後悔は無い きっとなくすだろう命への未練も………切った だが、共にこの地へ留まる彼等の事が気にかかる ただ単に、近衛だというそれだけの理由で、私の最後につきあう必要はない この最後の休暇を機に、命が惜しい者は逃げ出すことが出来れば良い……… 思いながら、口元へと浮かぶのは皮肉気な笑み 善人の様な事を考えながら、私は彼等に逃げられては困る事を知っている そして、彼等がもはや逃げ出すすべを持たない事も……… もし逃げ出したとして、彼等には行き場所がない 彼等を含む兵士には一人残らず役目を与えた 各自に与えられた役目が何であったのか、本人以外の者も良く知っている 今更、他の地へ行くことは出来ない 剣が鈍い音を立てる もう、全ては動き出した、今更誰にもこの流れを止める事は出来ない 振り下ろした剣が、近くの椅子を叩ききった 辺りを埋め尽くすモンスターの大群
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