英雄とパンドラ
(事実 SideL)


 
“厄災を運ぶモノ”
それの存在を知らされ、私は現場へと一人の人間と共に急いだ
“科学者”だという変わった男は私を一瞥し、それから様々な事を話し始めた
私の返事を求めないそれはただの独り言
声高に言いたいことだけを話す様子は、とても変わった人物だと伝えている
名前は“オダイン”というのだと、彼へと話しかける兵士の言葉で知った
迎えに来た兵士達が遠巻きに私達を見ている
私に向けられる視線はどこか気の毒そうな色を帯びている
―――オダイン
その名前の主の事を私は知っている
一言で言えば“変人”だと
どこか“人”としての常識と感情が抜け落ちた人だと
………紛れも無い天才ではあると
教えられた言葉を私は思い出す
そして、彼が行ってきた数々の事柄をゆっくりと引き出す
装置や武器、機材を運ぶ為の大型車の中、私達の周りから兵士の姿が消える
「それで、私になんの話ですか?」
私の問いかけにオダインは一瞬驚いた顔をして、そして声を潜める
幾つかの単語
幾つかの言葉
“変人”の名を返上することさえ出来る態度
私は、オダインの言葉に幾つか返答する
そして兵士の気配を感じる頃
再び“オダイン”は豹変する
人の言葉の通じないおかしな人間へと
「もうすぐ到着します」
兵士の言葉に私は、小さく頷いた

監視所の中へと向かったオダインと別れて私は問題の場所へと足を運ぶ
これが厄災を運ぶモノ
始めて間近に見たその姿に私の中に嫌悪感が生まれる
むき出しの金属
壊れた機械の欠片
………遠く生き物の気配
私は気配を目指して中へと足踏み入れる
奥深く在る気配へ向う間、私はむき出しの金属へと手を触れる
「………月の石」
瞬時に分析された成分は、この星の上には存在してはならない物
これが厄災を運ぶモノであるならば、分析するまでもなく解っていた結果
私の身体のなかに、不愉快な感情が沸き上がる
これが、セントラを滅ぼした厄災の欠片
人の気配が近くなる
私に気が付いたらしい“カレ”が振り返る
「こんな所まで、悪いな」
怖いほど真剣な表情の中に、いつもの笑顔は見られなかった
「いえ、私には大して大変な事ではありませんから」
私の言葉に偽りはない
どれほど離れた場所でも、危険な場所であろうとも、私にとっては意味をなさない事
「………ですが、この場所は不快です」
私の視線は床の上に転がった得体の知れないモノへと向けられる
「ここが気持ちの良い場所だって奴がいたら、正気を疑うぜ」
カレ―――ラグナがそう言いながら私を室内へと導く
中に居た幾人かの兵士達が私の姿を見て、一瞬不可解な表情を取る
真新しい銃痕が至る所に残るその中に一つだけ、傷一つ無い装置が存在する
「アレですね」
私の言葉を肯定する声が聞こえる
側まで歩み寄り、私はソレをじっくりと観察する
私の中の膨大なデータベースに照らし合わせる
そして、私の外にある無数のデータを私の手元へと取り寄せる
「………作業にはしばらく掛かります、少し休まれてきてはいかがですか?」
兵士達には精神的な疲労が見える
それに、私の作業の状況は彼等といえど見られて良いものではないはず
「………そうだなぁ」
彼が私に向かって困ったように目配せする
………ああ、私一人を残す方が不自然、ですね
「私と一緒に“オダイン”博士が来ています………」
少し考えて私が告げた言葉は、劇的な効果をもたらした
「オダインだって!?そりゃまずいぜ、ウォードちょっとここを頼む、お前ら皆まとめてついてこいっ」
一息に言うとラグナは兵士達を引き連れて部屋を飛び出していった
部屋を出て行く間際、私に向けて小さく目配せを忘れずに
残されたのは私と“ウォード”だけ
『俺の事は気にしないでくれ』
彼はそう告げて私に背を向ける
「………それでは作業に入ります」
何が“それでは”なのか解らないけれど、人の慣習に従って私はそう告げると、目の前の物質に手を伸ばした
 

 
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