英雄と伝言
(遺言 SideL)
映し出される初老の男性
「………記憶に無いな」
覚えのない姿
もし、昔に会ったことのある人物だとしても、ラグナにとっても数十年前の事だ
記憶に残っているはずがない
「久しぶりだね、と言っても良いのかどうか」
何処か疲れた様子が見える男が困ったように笑う
「今、この映像を見ている君が幾つなのか、あの時からどれ程の時間が経っているのか―――」
「いや、私の言葉を受け取ったのが君である事を喜ぶことにしよう」
さりげなく、穏やかに、名前を呼ばれる
「さて、何から話すべきだろう」
声に詰まったラグナを知ることは無く、映像は流れ続ける
「あの時の君は何処まで教えられていたのか、今の君は何処まで知っているのか、いや、長くなるかも知れないが、今の私が知っている事を全部残しておかなければならないな」
男の背後に、セントラの模型が見える
随分印象が違うが同じ部屋で映された映像
「そうだ、今日は“あの日”から5年ほどたっているよ」
………5年
「だから新しい事実も判明している―――いや、君から見れば、これも古い情報になるのかもしれないな」
少し戸惑う様な男の様子に、ラグナは小さく苦笑する
「まぁ、時間の感覚はおかしくなるよな」
過去から未来へ向けての伝言
彼にとっての未来は、ここでこうしている自分には過去になる
ゆっくりと男が語り始める
ずっと遠い過去の話を
始まりは気の遠くなる様な昔
突如この世界に現れた異なる存在
世界に出没した“モンスター”という存在
それから一部の者達の好奇心、そして暴走
引き起こされた悲劇
―――追放
セントラにおこった、長い歴史が語られる
そして、運命の時
予言されていたという滅び
“月”から送られた破壊の使者により世界は滅ぼされる
あの日突然詠まれた予言
予言は全てが当たった訳ではない
だが、その予言が詠まれた時こそが、忌まわしき事柄の数々が産み落とされた日
予言は全てが当たった訳ではない
日々の努力で回避することは可能だった
だがそれも、力及ばず―――
そうして訪れたあの時
身を潜めていた者達の襲撃
そして、モンスターの襲来
終焉の物語
「あの場に残った者達がどうなったのか、それは誰にも解らない」
何一つ残されてはいないあの場所の惨状を目にすれば、解らなくても推測は出来る
「そして――――――」
悔しげな顔で告げる言葉
2つの真実
どちらももう解っていた事だ
「私は――――――」
告げられる言葉、続けられる言葉
“やめろ”
そう呟く声は聞こえる筈がない
これは一方的な伝言、既に終わってしまった過去
彼が言う研究施設は今は残されてはいない
―――いないはずだ
彼が行おうとしている事象は、報告として残ってはいない
“月の涙”は相変わらず空から降っている
「君の未来が幸せである事を祈っているよ」
言葉を最後に、映像が途切れる
「………幸せ、か」
ラグナの呟きを隠すように、機械が立てる不快な音が聞こえる
「―――伝言はお受け取りいただけましたか?」
「ああ、ちゃんと聞いたぜ」
伝言を残した相手が誰だったのか―――どんな人だったのか、結局わからなかったけどな
記憶の中には残されていない顔
彼は名前を名乗る事も無かった
「それでは、もう一つ―――」
音を立てて機械が動く
長い年月に老朽化した機械は動くのが辛そうだ
やがて室内に訪れる変化
「あの方が残された資料です」
間近で声が響いた
次へ その頃のスコール
|